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<title>AREA_m　</title>
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<description>映画観たり、旅したり、本読んだり、食事したり、仕事したり。</description>
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<pubDate>Wed, 11 Oct 2006 15:38:36 +0900</pubDate>
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<title>花のスケッチグループ展</title>
<description>私、来週は用事があって大阪へ戻る。お正月以来の帰省なので、かなり嬉しい。猫の花さまに会えるのも、かなり嬉しい。そして、昨年の夏以来一度も会っていない友達に会えるのも、かなり嬉しい。そして・・・両親に会えるのも、まぁ、嬉しい。そんな中、大阪に住む友人からメールが届いた。偶然ながら、いつかここで紹介させてもらった、『ニコじい』を描く、絵本作家の友人が開いた場所と同じギャラリーで、彼女のお母さんが個展を開くらしい。題して、「花のスケッチグループ展」。友の実家にも、友の家にも、デザインの仕事をし続けた彼女のお母さんが描く花の絵がいつも素敵に飾ってあったが、今から思うと花は生き物なので、刻々と姿が変わっていくし、さっさと描かないといけない難しさがある。描き始めると、家事も何もかもを差し置いて、そのことに没頭するのだろうか？？なかなか、瞬発力の求められる芸術に違いない。そう言えば、わが母はもう何年も前から「白樺を描きたい」と言い続けているが、まだ一向に絵を習いに行く気配がない。これは、白樺を描きたいから、まずは良く観察するために、この美しい木が生えているような場所へ連れて行けと言う意味だろうか？（笑）そろそろ、私の憧れの土地、八ヶ岳も春を迎える頃だろう。　　■花のスケッチグループ展　場所：くずはアートギャラリー（くずはモール本館3階）　　　　 大阪府枚方市樟葉花園町15-1-301くずはモール内　会期：2010年4月2日～7日（会期中は無休）　時間：10：00～18：00（最終日は17：00まで）　主催者：吉川紀子 　入場：無料  </description>
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<category>連絡</category>
<pubDate>Sun, 21 Mar 2010 10:22:33 +0900</pubDate>

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<title>吉川晃司</title>
<description>最近、私の中で「リバイバルブーム」が起きています。中学生の頃、ジャニーズ事務所の黄金グループ、たのきんトリオが流行りました。しかし私はどうも、彼らのうちの誰にもときめかず、「マッチ命」だ「トシちゃんLOVE」だの、「ヨッちゃん可愛い☆」と夢中になる周囲の女性にシンパシーを覚える事が出来ず、大変困ったものです。私は、どこかおかしいのではないか？だって、学校中の人がみんな彼らを好きだと騒いでいるのに、どうして私は何も感じないのか？と。一応、マッチかトシちゃん（ヨっちゃんではないのは確か）の下敷きを買ってみたりしたが、本音を言うと、何も感じてはいなかった。そんな私が高校生になる頃、芸能界にデビューした、あるアイドル歌手に突然夢中になりました。彼がテレビに映るだけで血圧が上がり、その時になってようやく、たのきんトリオに夢中になっていた中学時代の友人たちを理解したのです。単に私には、彼らの中に、好みの男性がいなかっただけの話でありまして・・・。それで、その歌手とは。えへ。それは吉川晃司さんなのであります～。ウフフフフフ。この方、アイドル歌手としての出発ではありましたが、私の中ではちょっとだけ尾崎豊さんと重なるところがあり、何だか少々反社会的な感じに惹かれたりして、大阪城ホールで開かれたコンサートにはもちろん足を運んだし、レコード（CDでないのが、年を感じて辛い）はお小遣いで欠かさず買ったし、テレビ出演があると、食い入るように見つめていました。あ～、わが青春ね。そして。ここからが、凄いのであります。当時、吉川さんはラジオ番組を担当していて、私はそれを毎週欠かさず聴いていたのですが、ある時意を決し、そこへお便りを書きました。す、す、すると・・・なんと、その手紙が彼に読まれまして、もう、私は天にも昇る気分になり、その時録音したテープは擦り切れる程聴きました。吉川さんに、私の旧姓である「山本美奈子さん」と言われた部分をたぶん、100万回くらい聴いたかも？（笑）この時ほど、作文が得意で良かったと実感したことはありませんっ！！！でもですね、ここからがもっと凄いのでありますが、私はその手紙を書きながら、「これは絶対読まれる」と、予感めいたものがあったのです。それ位、魂を注ぎ込んでラジオ局に手紙を書く暇があれば、数学と物理の勉強をしろっちゅう話ですが、今ちゃんと家計簿もつけられるし、スーパーではお釣りが正しいかどうかもわかるし、我が家の照明が60Wか100Wかも理解している訳で、普通の生活には「微分・積分」やら「てこの原理」なんか必要ないんちゃうのん？なんて、これは少年少女には聞かせられない話ですね。アイドルや歌手、俳優などのカテゴリーの人に継続して熱を上げたのは、この16歳から17歳にかけての一回きりなのではありますが、しかしその経験があるからこそ、今周囲にいる「嵐の大野君命」や「福山雅治さんが結婚するまで、私も絶対しないと決めている」女性たちを、心の底から理解できるのでもあります。それを、10代で経験するか、30～40代で経験するかの違いかも？ま、そんな訳で、近頃は「YouTube」で、懐かしい映像に見入る日々ですが、私もいよいよ、ヨン様を追っかけるおばさまの仲間入りを果たしたのではないか？と、少々不安ではあります・・・。（涙）■「YouTube」の中で見つけた、当時私が一番気に入っていた曲を歌う、現在の吉川さん☆└http://www.youtube.com/watch?v=mgkgHGCbR2A&amp;feature=related■「YouTube」の中で見つけた、当時私が一番気に入っていた曲を歌う、当時の吉川さん☆└http://www.youtube.com/watch?v=xEGp3QEYJKI&amp;feature=related</description>
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<category>日常</category>
<pubDate>Thu, 18 Mar 2010 22:23:56 +0900</pubDate>

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<title>ナンチャッテ農業</title>
<description>　岐阜産ワケギ　滋賀産ワケギある日、夫が言った。「あの、庭に植えているネギみたいなやつ、あれ、何かな？」「あ、あれ？　あれは、ワケギ」「・・・やっぱり！（笑）」「？」テレビ番組のケンミンショーでやっていたらしいが、白ネギを多く消費するのは関東以北の人で、それより西の人は青ネギこそ「ネギ」だと思っているらしく、しかも食べ残したものを庭に植えている人が多いと言う。ワケギもネギの一種なので、私がやっている事は、まさに関西人の王道をいく行動らしい。へ～、そうなんだ。あ、間違えた。へ～、そうなんや。ところでこの「そうなんや」と言う言い方。年配の人からすると、大変間違っている関西弁らしいが、私くらいの年齢以下の人は、皆普通に使う。話がそれた。それで、そのワケギ。我が家には、滋賀でせっせと野菜作りに勤しむ元・サラリーマンである友人のお父さんが作られたワケギと、同じく元・サラリーマンの方が岐阜で作られたワケギの、孫の孫の孫くらいが、庭で私に食べられるのを待っている。蕎麦などの薬味になるし、冷奴の上にも乗せられるし、お味噌汁の彩りを華やかにも出来るし、白いご飯の上にワケギの刻んだものと昆布など味がついた何かをのせて出すと、オサレな旅館のご飯風にもなる。エコでもあるし、家計の助けにもなる。そう言えば、実家の父は、庭でトマトとキュウリを作っている。夏に訪れた時は、それを嫌という程食べさせられた。そして、わが父も元・サラリーマンで、私も元・サラリーマンだ。・・・高度経済成長期を終えた日本が次に向かう産業は、「ナンチャッテ農業」の拡大かも～？</description>
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<category>植物</category>
<pubDate>Thu, 18 Mar 2010 08:51:22 +0900</pubDate>

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<title>かくれんぼてぶくろ</title>
<description>『かくれんぼてぶくろ』という絵本をご存知かしらん？お母さんが編んでくれた手袋を片方失くしてしまった主人公が、それを探して歩き回るという話。どうやら、1985年に、東君平（ひがしくんぺい）さんという神戸生まれの方がストーリーを書かれ、遠藤てるよさんという方が絵を描かれている。13、4年前だったかなぁ？友人に頼まれて、この絵本の絵を「ミナックさん風」に描いたことがあります。それは、その友人のお母さん（看護士さんだったと記憶）がボランティアでやっている何かの会で、紙芝居をしたいから、大きな紙に絵を描いてほしいという話から始まった作業だった。「やってみますか？」と聞かれ、私は「やる、やる、やる」と、喜んで答え、それからしばらくの土日はこの絵を描くことに時間を費やし、何だか楽しい時を過ごした。仕事でも何でもないし、好きに描いていいし、何よりも、ストーリーが可愛かったし。その時描いた絵のコピーが手元に残っていて、他のものを取るために開けた引き出しの中にその束を見つけ、久しぶりに眺めていると、とても新鮮な気分を味わった。20代の時に描いた、今から見ると「ツメの甘い絵」だけど、当時の思いが詰め込まれていて懐かしい。ところで、井上陽水さんの歌に、「探し物は、何ですか～」という歌があるが、あれってかなり正しくない？一生懸命何かを探している時は、ちっともそれが見つからないのに、探すのを止めるとヒョイっと出てくる。先日私は、スーパーで「コショウ入り塩」を探していて、でもコショウや塩を売る棚にそれはなく、目を皿のようにして何度もその棚を眺めたが、どうにも見つからない。その時、スーパーの店員さんが通りかかったので、一瞬尋ねようかと思ったが、止めた。「ま、いっか」そう思って「見つからないブツ」を探すのを諦め、他の売り場へ行き、カレースパイスだとかそういうものを売る棚の前でふと顔を上げると、そこに探していた「コショウ入り塩」がドーンと置かれてあった。そ、そうか。「コショウ入り塩」というのは、「コショウ」でもなく「塩」でもなく、ミックススパイスとして扱われている訳ね・・・と思いながら、やっぱり探すのを止めると案外出てくるものだとわかり、井上陽水さんは偉大である、と思い知った一日でした。うふっふ～。■『かくれんぼてぶくろ』（東君平・著／遠藤てるよ・絵）■『夢の中へ』：井上陽水└http://www.youtube.com/watch?v=GuHIw_16ZIA</description>
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<category>読書</category>
<pubDate>Wed, 17 Mar 2010 11:30:33 +0900</pubDate>

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<title>まだまだ続くの、巻</title>
<description>今朝、1ヶ月ぶりに結石の検診へ向かった。予想通りと言うか、やっぱりと言うか、珍客はまだ何だかくすぶっている様で、検査結果もそれほど良好ではない。これから妊娠を希望する私としては、レントゲンを使って体の内部を見ることがあまり出来ないため、先生はエコーを中心に、さらに用心のため薬も出されない。妊娠した場合の副作用を懸念してのことらしいが、「綱渡りでややこしいですが、仕方ないですね」と言いつつ、更に水分を採る様アドバイス下さった。「やっぱ、子ども産むなら体にガタが来る前の方がいいでぇ～」と、しつこい様だが今日もまた同じことを考えた。まぁ、私はすでに悟りの境地に入っているので（？）、なるようにしかならんわなぁ・・・と、自分が置かれた状態を受け止めている。トホホ。で。先生の診察を待つ間腰を下ろしていた長いすの横には、5,6歳位の男の子と、そのおばあさんらしき女性が座っていた。「おばーちゃんの病院通いに、お孫さんが付き合っているのかな？」と考えていると、どうもその男の子の方が受診する様で、おばあさんが私に語ったところによると、彼は保育園に行きたくなくなると、必ずどこかが痛いと言い出すのだと言う。「今日もきっと、何でもないと思いますけど、痛いと言うのに放っておくわけにもいかなくてね」と、ベタベタとまとわり付いてくる孫の手をつかみながら、私にそう言われた。小さな彼が持っていた犬のぬいぐるみに向かって、私はささやいてみる。「お手っ！」すると、その子は目をキラキラさせて、「ワンッ」と言いつつぬいぐるみにお手をさせ、ついでに2人でその犬に名前をつけ、その後は私が持参していた『たのしいムーミン一家』（何でそんなもの携帯しているのかと言う、突っ込みなしね☆）の本の絵の部分だけを見せながら、「きゃ～、この魚は巨大すぎて、怖いねぇ～」「これ、なーんだ？ハイ、正解は黒ヒョウですっ」。などとやっていたら、彼もすっかり打ち解けて、私が先に先生に呼ばれて診察して頂いた後、バイバイを言うと、「え～。もう少し居て～」と告白され、キュンと胸が鳴る。どうして保育園へ行きたくないのかな。ママやおばーちゃんにもっと甘えたいのか、保育園の友達に馴染めないのか、園の教育方針に納得できないのか（笑）、何だろう？？あんなに小さな子でも何か理由があって、それを上手く言葉では表現できないから、あちこちが痛くなるのかもしれないなぁ・・・などと考えつつ、私は会計へ向かった。私の体の痛みは、明らかにこれまでの暴労働（←暴飲・暴食から名づけました）から来るツケだと思われるので、今後は精々休みます。あぁ、職場から夜中にタクシーで帰宅したり、もう閉まっている会社の門を乗り越えたり（＝勤めていた会社には大きな門がひとつと、駅に近い小さな門があり、小さい方は確か夜の23時30分？あたりを超すと閉じられるのです）、徹夜で商品のプロモーションビデオを撮影し、始発の新幹線で東京から大阪へ戻って来たりした、あの体に厳しい労働が駄目だったんだろうなぁ・・・と、反省することしきり。ま、唯一の救いは、それらの労働が決してやらされていたものではなく、むしろ「心の底から楽しかった」という、その思いではないかと思う。しかし、アレなんですよ。最近は洗濯ひとつ、庭掃除ひとつとっても楽しくて、「こんなところに楽しいことが転がっていたなんて、知らんかったわぁ～」と、ビックリしている次第でありますのん。</description>
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<category>結婚</category>
<pubDate>Tue, 16 Mar 2010 14:59:10 +0900</pubDate>

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<title>スタール邸</title>
<description>私が憧れる家のひとつに、アメリカのロスアンジェルス西部に建つ、スタール邸がある。LAの宝石のような夜景を見下ろす丘に建てられた家で、様々な映画やCM、雑誌撮影に使われている。これは、1945年にアメリカの雑誌が企画した実験住宅という意味の、「ケース・スタディ・ハウス」の中のひとつとして、1960年に建てられたものらしい。設計したのは、若き日のピエール・コーニッグさん。お洒落な椅子やその他のアイテムが、若者から中年までに引っ張りだこの、チャールズ＆レイ・イームズなどの建築家も、この実験に参加したと、昨年たぶんNHKのテレビ番組で観た。「ほっほ～。それは面白い！」と、画面を食い入るように見つめた私がひかれたのは・・・。それは、スタール邸を発注した夫婦が、大金持ちでもない本当に普通の人だったと言うこと。「ハリウッドスターのような家に住んでみたいわぁ」と、ビバリーヒルズなどを憧れの眼差しで見つめていた平凡な夫婦がある日、ものすごく条件が悪い崖っぷちの土地が、自分たちでも買える金額で売りに出されているのに気付いた。条件はかなり悪いけれど、そこから見える景色が抜群で、どうにかしてここに家を建てようと、当時まだ無名の建築家だった、ピエールさんたちが手がけていた「実験ハウス」へ申し込み、安くデザインしてもらったのだという説明だった。「あぁ、お金がなければないなりに、条件が悪ければ悪いなりに知恵をしぼり工夫をすれば、いいものが仕上がるものだなぁ」と、私の自説を証明するかのような内容に、首を大きく縦に振りながらテレビを観続けた。それで、そのスタール邸。最近凝っている、『刑事コロンボ』を観ていると、このテレビドラマシリーズの第一作目である、「殺人処方箋：Prescription: Murder」にも、大部屋女優の家として使われていることに気付いた。主役級ではなく、大部屋女優の家としてはちと豪華すぎないか？と、一瞬思う人もいるだろうが、実はこの家を実際に建てたのが普通の夫婦だと知れば、これまた納得する話で、何だか細かいところまで、このドラマは細工が施してあるなぁ～と、感心した。イッヒッヒ。私、映画や本やドラマなどの中に、こういう「ナルホド」を発見していくの、大好きなんだな。性格的に。そして、スタール邸のような夢の家を見せてくれるのもまた、映画や本の面白いところで、色々な想像を掻き立てられるものが、現実には必要ですな。良かった私。お金はないけど、妄想力が豊かで。（←やや、ヤケクソ気味に）■ケース・スタディ・ハウスとは？■ピエール・コーニッグさんとは？■『刑事コロンボ』の第1話、「殺人処方箋」でも使われたスタール邸■『ケーススタディハウス』（エリザベス・A・T・スミス・著）</description>
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<category>読書</category>
<pubDate>Mon, 15 Mar 2010 20:15:24 +0900</pubDate>

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<title>春の庭</title>
<description>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　今頃満開な、クリスマスローズ　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　開花準備中の紫陽花　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　3分咲きの雪柳　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ニョキニョキし始めたチューリップいよいよ、春ですね。う、う、嬉しい・・・　春になれば、42歳になってしまうけど、でも嬉しい。週末に、仕事で名古屋にやって来た夫のお兄さんと3人で伊勢神宮へ行きました。最近は女性誌で盛んに「パワースポット」の特集が組まれているせいか、女性参拝者が凄く多い。「ここが、パワースポットです」という場所には、カメラ片手の女性が沢山群がっている。さらに、それが何だかわからない石の周りにもおば様たちが集まっている。ここでは、神妙な顔つきをしてその辺の石に手をかざしていたら、あっと言う間に「あの石、ご利益あるんだって～～」と、噂になりそうで、笑える。外宮と内宮をまわった後、おかげ横丁で腹を満たしていたら、新しい葉がモリモリと伸びつつある紫陽花を店の軒先に見つけた。「これ、紫陽花よ」私がそう言うと、そういうものにはあまり興味がない男子ふたりは、ちょっと私を尊敬していた。（と、思われる）今、我が家の庭も春めいてきました。遅咲きのクリスマスローズは満開だし、私の中では桜とセットの春の風物詩、雪柳も3分咲き。藤袴は新しい葉をつけているし、チューリップもニョキニョキと伸びてきた。冬の間は寒々しく突っ立っていた、山紅葉も新芽を出して、コデマリも若葉が揃ってきた感じ。あぁ、いよいよ春だなぁ・・・そう思うと心の底から嬉しくて、四季がはっきりしている国に生まれてよかったな、なんて思う。そろそろ桜前線もテレビのニュースでしきりに伝えられるだろう。私たち、すでにゴールデンウィークの予定を立てました。暖かくなると共に、私のグ～子生活もしばしお別れかも？（涙）</description>
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<category>植物</category>
<pubDate>Mon, 15 Mar 2010 11:15:20 +0900</pubDate>

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<title>戯言？</title>
<description>今日、車検に出していた車を引き取りに名古屋駅近くへ向かった。途中、地下街でちょっと迷ってしまい、「ひ～」と思いつつ歩いていると、目の前に本屋が見え、吸い寄せられるように入ってしまう。そこで平積みになった『文藝春秋 SPECIAL 季刊春号　結婚という旅』という雑誌が目に止まり、思わずページをめくってみました。すると、漫画家の柴門ふみさん（『課長・島耕作』を描いた、弘兼憲史さんの奥さんね）と、「パラサイトシングル」やら「婚活」という言葉を世に送り出した、中央大学教授でもあり、社会学者の山田昌弘さんの対談が載っていた。ズバリ、その題名は「迷走する夫婦」。他のどのページよりも面白かったので、是非書店でお買い求めの上、ご覧ください。（あ、私も買いました。）さて、その対談の中で、お2人はアラフォーの結婚についても語っている。山田さんの本の中では過去に語られた部分もあるが、私はこれを思い切ってここに「写経」してみようかと思います。「勝手に掲載したな～！！」と、いくら何でも個人のブログに、あの大手出版社の文藝春秋さんが文句を言ってこられるとも思えないし、むしろこれは続きを読みたい人への宣伝になるのでは？と、勝手に判断し、今から写してみよう。万が一、ブッブ～とNGコメントが届いた場合は即刻削除しますので、何卒お許し下さいませ、ね☆キッ。（←ふんどしを締めなおす音）では、行ってみます。あ、その前に今日煮てみた、あずき（！！笑）を少しと、コーヒーを持って来て、食べながら飲みながらやってみよう。＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋前半省略■さまようアラフォー世代柴門「なぜ婚活詐欺にあうような中年男性が多く残っているかというと、今の40歳前後、アラフォー世代の女性たちが、三高と呼ばれるよりよい男性を求めたからですね。お金もあるし、ルックスもいい、ひと握りの男性に、10人ぐらいの女性が集まったわけです。結局、彼と結婚できるのはひとりだから、9人の女性が余るし、彼女たちとつき合えたはずの男性も、9人余ってしまった」山田「もしかすると、このアラフォー世代は特殊なのかもしれませんね。彼女たちが20代だった90年前後というのは、『男女7人夏物語』のように、都会で生きる男女がくっついたり離れたりするテレビドラマが流行ったり、柴門さんの『東京ラブストーリー』が人気だった頃です。結婚を前提としない男女のつき合いが、当たり前になっていった時代です」柴門「それまでの女性には、『結婚を前提としてつき合う』という考えがありましたね。ある程度あきらめて、お見合いなり職場なりで、そこそこ収入のある人と結婚して。みんなそういうものだと思っていられた。けれどあのバブル期、90年前後だけ、ちょっと踊らされてしまって」山田「いろいろとつき合ったけれど、結婚できずに40歳になってしまった男女が、今必死に婚活しているという状況です。とはいえ、現実的には恋愛そのものは下火になっているような気がします」柴門「私もそんな気はしますね。母校のお茶の水女子大学の学園祭に行って、アンケートを見せてもらったら、1年生で『恋人がいる』と答えた人は全体の4分の1ぐらいでしたよ。私たちの時代より、だんぜんお洒落でかわいいのに、なぜ恋人がいないの？って思いましたもの」山田「リーマンショック以降、20代でも、いかに安定した結婚生活を確保するか、という考え方にシフトしてきています。極端な話、恋愛抜きで結婚してもいいじゃないか、と」柴門「ずいぶん、現実的なんですね。小説や映画、漫画でも、愛があれば結婚生活は維持できる、と言い続けていますが、現実はそうじゃない、と」山田「私は、恋愛と生活が一緒になっているのが、近代的な結婚だととらえているんです。そもそも一番好きな人と結婚するという考え方は、欧米から入ってきたものです。だから、彼らは好きじゃなくなったら離婚する。男女とも自立しているから、別れたりくっついだりできるんですね。一方、アジアに目を転じてみると、中国には欧米の文化があまり入ってこなかったから、恋愛結婚という考え方がないんです。大学生時代に恋愛を楽しんで卒業と同時に別れる。結婚は、経済的都合で相手を選ぶと留学生は言っていました。共働き希望だったら共働きがいいという男性と、専業主婦がよかったらそういう人と、最初から条件で決めている。本当に好きな人かどうかなんて、考えないんですね。中途半端に欧米文化が入ってきた韓国と日本は、その中間あたりを漂っている（笑）」柴門「日本の女性はやっぱり、なんだかんだ言っても、愛を求めてしまうんですよね。IT成金と結婚した女優が、『お金だけでは続かなかった』と言って離婚すると、よかったと思ったりする（笑）。どこかで物語を求めているところがあります。そうやって現実との折り合いをつけているのでしょうか」山田「物語と幻想は同じことだと思いますが、現実と幻想、どちらかがあれば、生きていけるんじゃないでしょうか」柴門「結婚生活が満たされていれば、幻想は必要ない？」山田「別のところに求めればいいわけで（笑）」柴門「なんだ、やっぱり男性は妻以外、女は夫以外に幻想を求めるんですね」■友だち夫婦をめざす以下、省略＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋前半と続きを読みたい方は、書店へGO！ちなみに私が思うに、「絶対結婚しよう！」と考えるなら、年齢がいく程、勉強も必要だと思います。やみくもに人と会っていても、全然的外れなことをしている可能性もあるからで、仕事と同じく、現状を把握し、戦略を立て、行動に移す。せめて、『「婚活」時代』の本を読む程度は、是非お願いいたします。それから。これは、私と私の友人Aの共通した意見ですが、まぁ、ものは試しにお聞き下さい。　１．絶対結婚しようと思う人女性が、もしも今、親と同居をされている場合。　　　　　↓　　　今すぐひとり暮らしを始めてみてください。（＝親からの資金援助を断つ）　　２．絶対結婚しようと思う女性が、もしも今、安定した職業（例えば大企業勤務など）に　　　ついている場合。　　　　　↓　　　今すぐ辞めてください。（＝お金は結婚後でも稼げます）以上、老婆たちの「戯言」と取るか、「真実なり」と取るか、その判断はお任せいたします・・・</description>
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<category>結婚</category>
<pubDate>Thu, 11 Mar 2010 22:31:11 +0900</pubDate>

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<title>トラピストクッキー</title>
<description>昨夜テレビをつけたら、年収を競い合う女医さんたちを追った番組を偶然目にし、思い出したことがある。私、高校生の頃、一時家庭教師に来てもらっていた時期がある。苦手な数学と物理で欠点を取り、「もう、どうにもなんね～」という状態で、とりあえず試験前だけでも・・・との苦肉の策だった。先生として来られた人は医大に通う医者の卵で、見た目も結構男前で、私は毎回ちょっとウキウキした気分で授業を楽しみにしていた。「これなら、点数もあがるかも～？」なんて浮かれていた、そんなある日。私は休憩時間に、ハート化した目のまま先生に聞いてみた。「あの、医者を目指されているという事は、やっぱり人の命を救うことに意義を見出しているとか、そういう感じですよね？（素敵～）」ところが、その医大生はいとも簡単にこう言い放った。「へっ？カッカッカッ（←高らかな笑い声）。今時、そんな医大生いませんよ。まぁ、お金ですね、目当ては。みんな、そんなもんですよ」・・・グラグラグラ～～（←乙女心特有の理想が崩れ去る音）「そ、そうですか・・・」17歳の多感な少女にこの言葉はきつかった。しかも私は、今もそうだが、理想主義者である。そんな私に、「医者になる理由だぁ～？お金に決まっているぜ」なんて言われたら、ショックに決まっている。嘘でもいいから、「人命を救うためだ」と、言って欲しかった。私の中では、医者と似た職業に教師や政治家もある。どの職業の人も勿論、一生活者であり、お金を稼がなくては生きていけない。その人たちへ聖職者のような思いを過大に期待するのは、間違っている。それでも「金目当てだよ」と、あからさまに言われると、こちらの幻想もしぼみ、ちょっとだけ不信感を抱いてしまった。その後、私の数学と物理の成績はますます悪化の一途をたどり、さらに先生のため、修学旅行で訪れた北海道にて入手したトラピスト修道院製のクッキーも、何だか渡すのがバカらしくなり、ひとりで一缶全て食べきった。そして、体重も増えた。き～っ。あれから早、24年。お金に対する考え方が今だに変わっていないからこそ、私はやっぱり当時と似たような暮らしをしていて、更にきっとこの先も、大金を手にすることなく一生を終えるのに違いない。（涙）仕方ない。これまた、持って生まれた性分だ。人にもしも前世があるとしたら、私の一代前は、下等動物か、金儲けの苦手な下級武士だったのではないか？などと思うのだが、検証のしようがないのが、少々残念だ。</description>
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<category>日常</category>
<pubDate>Thu, 11 Mar 2010 00:01:15 +0900</pubDate>

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<title>ハードボイルドの、その続き</title>
<description>先日、このブログで紹介させて頂いた、『民主党代議士の作られ方』。早速本屋で購入し読んでみると、すごく良い。「厳しいことが書かれてあるんじゃないか？辛らつなことが書かれてあるんじゃないか？」新潮社という出版社の役割的に、そういうイメージがあったが、もう全然そんなことありませんです。失礼しました！読み進めていくうち少し感動して身震いさえしつつ、私は以前読んだ、真保裕一さんの小説、『ダイスをころがせ！』を思い出した。この小説は、新聞記者をしていた30代前半の若者が、「今の世の中、おかしくないか？」と、コツコツ貯めた貯金やら退職金やら合わせた約1,000万円を使って国政に打って出る・・・という内容で、政党に属さず、資金援助がない人間でも、やる気があれば選挙を戦えるのか？という問題提議をした内容だ。小説とは言え、細かなこと（ポスター1枚の印刷代など）まで正確に記されてあり、寝る間を惜しんで読んだ。そして、「自分が真にやりたい事をする時は、それが金銭的に損か得かではなく、とにかくやりたいんだ！という情熱が湧いてくるものだ」と、あらためて思い知った。あ、もちろん小説だからフィクションだけど。それで、私めも、ちっともお金では還元されない、このブログを書き続けているわけで・・・。あ、私の話はどーでもいいか。さて、『民主党代議士の作られ方』の方は、フィクションではなく、本当に国政に出る場合、どれだけお金を要し、どれだけ大変なことか・・・というルポが綴られてある。是非是非、読んでみてください、ほんと。政治家と言えば、結構セレブな生活をしていて、飛行機や新幹線もタダで乗り～と、いいことづくめなんちゃうのん？と思う人も多いだろうが、それはほんの一部の人だけで、そういう人たちだけではなく、心から政治をやりたくて、でも親が政治家でも何でもなく普通のサラリーマン一家などに生まれた場合は、選挙を含めこの仕事がいかに大変かという実態を知ることが出来る。どこの世界にいる人だって、そうだと思う。本気で取り組んでいる人は、外から見える姿とは違う、陰での努力や辛さや悔しさを抱えつつ生きている。「グ～たら」を目指す私だって、本気で「グ～たら」になるのは、これで結構大変なのだ。（ほんまかいな）ま、今人生で何を最優先させたいかは人それぞれ違うから、それを周囲がとやかく言う必要はありませんわな。（しかし、女性の出産だけは期間が限られているよ、残念ながら。）今朝私は、『ダイスをころがせ！』を私に貸してくれた、奈良に住む学生時代の友人へメールをし、『ダイスをころがせ！』の実写版のような本があるから、是非読んでみて・・・と伝えた。読書仲間の友のことだ。彼女もきっと読むだろう。1ページにどでかい文字が数十個程度しか並ばないような「エセ本」ではなく、こういう本気な本が売れる国にしたいもんだわ、日本も。実はやっぱ、隠れハードボイルドなんかな？ミナックさんって。（笑）■『ダイスをころがせ！』（真保裕一・著）■『民主党代議士の作られ方』（出井康博・著）</description>
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<category>読書</category>
<pubDate>Wed, 10 Mar 2010 13:08:27 +0900</pubDate>

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<title>あずき</title>
<description>　先週の話です。友人の家で夕食をご馳走になっていました。そこにいたメンバー。愛知県出身者、3名。大阪府出身者、2名。うち1名は私。全員、アラフォー女性。私が口火を切りました。「あのね、スーパーでね、パン売り場のすぐ横に、ゆであずきの缶が山積みになっているの、あれ、おかしくない？」「おかしい！」と同意してくれたのは、大阪府出身者1名。あとの3名はポカ～ン。「え・・・、そんなものでしょ？」「いえ、そんなもんじゃないし～～～」と、私は可笑しくてたまらない。もう1人の大阪府出身者が言いました。「先日、コーヒーを飲みに行ったら、そこのコーヒーは砂糖を入れず、ゆであずきを入れて出した」「絶対、おかしい！」と、私はお腹を抱えて笑いながら、激しく同意。「え・・・、まぁ、おかしいかおかしくないかと問われれば、おかしい部類に入るけど、そこまでおかしい？」と、愛知県出身者たち。はい、全国的な視点に立てば、著しくおかしいです。でも、そういうとこ、私のツボやわぁ～。どうやら愛知県の「あずき消費量」は、半端ではなく、どこへ行っても、あの豆を見かけます。先日、よく車で通る道に昨年オープンした、ORI COFFEE（オリコーヒー）と言う名のカフェへ行ってみました。そこはほぼ毎週通る道なので、店の出来始めから完成までを見届けていましたが、目的地への途中の道にあるので、これまで立ち寄ったことは、一度もなし。ところが、観察しているといつも車が一杯止まっているし、繁盛している模様。「それなら、1度くらい？」そう言いながら寄ってみると、やはり物事は自分で体験してみるものですね。店内はとても快適な雰囲気で、しかも使っているコーヒーが京都のイノダコーヒー。実家にも確かこの店の赤い缶があった記憶があります。「わっ、イノダコーヒーやぁ～」と私が喜びながらメニューを眺めると、そんなオサレな店なのに、ここにもやっぱりありましたよ、あずきトーストがっ！！！・・・しかもオサレ風。綺麗な小さいパンにあずきがたっぷり塗られて出されるらしいそのメニューは、当然ながらスウィーツ欄にあったのではなく、おかず欄にありました。私の頭の中では、「・・・」となりつつも、今週我が家に泊まって頂く夫のお兄さんへも、「名古屋風です」と、朝はトーストとゆであずきを出そうかと、ちょっと検討中。追記：お呼ばれした食事の後では、友達から「しるこサンドスティック」と「しるこキャラメル」をもらいました～～～。■ORI COFFEE（オリコーヒー）└http://www.oricoffee.com/kamishidami/■INODA COFFEE（イノダコーヒー）└http://www.inoda-coffee.co.jp/</description>
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<category>食事</category>
<pubDate>Tue, 09 Mar 2010 07:54:14 +0900</pubDate>

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<title>丘の上のグ～子ちゃん</title>
<description>私、丘の上に住んでいます。ポニョは崖の上に住んでいたから、そのポニョよりは少し劣るけど、結構きつい坂を上らないと、家に辿りつきません。不動産屋さんによると、丘の上の家というのは、人によっては魅力を覚えるけど、人によっては全く価値なしとなるそうです。例えば年配の人には家にたどり着く前に倒れる心配を起こさせるし、自転車だって行きはよいよい、帰りは酷い（怖いじゃなくて）になるし、雪が降れば車はかなり危険だし、もちろん歩いていても滑り落ちる可能性大。それでも、平地より私が丘の上を好きなのは、やっぱりそこから見える景色と、ぽっこりと突き出た山の上にいる感覚が、何やら遠足気分で楽しいから。子どもの頃から、遠足と言えば山でした。奈良公園の若草山に、京都の如意ヶ岳（大文字送り火をする山）、そして兵庫県西宮市の甲山（かぶとやま）。私の実家も、神社があるようなぽっこりとした山の、さらに上にあります。買い物へ行くことを、私たち住民は「下へ降りる」と言うし、帰って来ることを、「下から登ってくる」と言う。聞く人から聞けば、何だかそれは「天国から」やら「天国の」という接頭句をつけた方がいいんじゃない？と、思うかも。まぁ、そんな環境もあって、私は山やら丘やらが大好きで、自転車は使い物にならないし、不便なことも多いんだけど、今の家を気に入っています。難を言えば。家が快適かつ、一旦家を出るとハードな運動量が待ち受けているので、どうもそこへこもる日が多く、出不精になることかと思われます。ところが、グ～タラ具合をますます加速させるのは、これまた私の希望でもある訳で、ま、それもまたグ～？と、いう感じ。しかし。今週は夫のお兄さんが我が家へ泊まりに来られたり、車を車検へ出しに行ったりと、結構忙しくなる模様。丘の上に張り付いた体を、一旦ベリベリと剥がしてしまうと、動き過ぎる可能性があるため、できればこの丘のベッドごと移動できればどんなに良いだろう？と、思う訳ですが、まぁ、そんなファンタジーのような、いや、狂った想像は一種の現実逃避なので、ここらでちょっと重い腰を上げようかと思います。ほんでは、今週も宜しくです。</description>
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<category>日常</category>
<pubDate>Mon, 08 Mar 2010 07:58:59 +0900</pubDate>

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<title>シャボン玉、飛んだ！</title>
<description>先日、従妹が連れてきた子ども（3歳）と一緒に名古屋駅にあるセントラルタワーズへ入り、お茶をしていると、その子が窓の向こうに見えるビルを指差して言った。「あ、エベレーターだ！」エレベーターのことである。私が彼女くらいの頃は、母に向かって、こう告げ口していたらしい。「お兄ちゃんが、くつえを叩いているよっ！」これは、つくえ（＝机）のことである。さすが、同じ誕生日を背負って生きている私と従妹の子。似たような運命をたどるのかしらん？と、ちょっと気の毒になった。いやいや、同じ誕生日を持つ人には、あの看護の母、フローレンス・ナイチンゲールもいるのだ。まだ希望はある。従妹の子よ、後は任せた。私はもう遅い。それで、その「エベレーター」や「くつえ」を考えている時、学生時代に学んだ言語学を思い出した。例えば、母国語が英語の子どもは、3歳くらいの時に間違えて「スパゲティ」を「パスゲティ」と言ったりするそうだ。これにはちゃんと理論があって、私の遥かなる記憶によれば、これは子音と母音の組み合わせに関係する。スパゲティの綴りは、"spaghetti"。ところがこの初めの"s"と"p"は、子音同士なので、子どもには発音しにくいらしく、ひっくり返して"pasghetti"となるのだと説明を受けた。いや、本当はさらにその子音同士の融合だったか、倒置だったか、何だかそんな理論で説明がつくらしく、この話は21歳の私には、とても印象深かった。（だったら、最後までちゃんと覚えてろよ～という話ですが。まぁ、O型なので、許してね）それでは、私の「くつえ」と、従妹の子どもの「エベレーター」はどうして？と考えると。「くつえ」をローマ字に置き換えると、「kutsue」。本来は「つくえ」なんだから「tsukue」のはず。では「ts」と子音が並んだ発音が、子どもには難しいのだろうか？いや、違う。これはローマ字に置き換えたからそう思うだけで、日本語はあ行以外、全て子音と母音の組み合わせに、初めからなっている。それでは、「エベレーター」は？と考えると。これは本来"elevator"だけど、彼女の場合"eveletor"となっている。この場合、先頭の"e"は母音で・・・えええ～っ！！ele でも、eveでも、英語で考えると組み合わせは「母音＋子音＋母音」で、日本語で考えると、どちらも「母音＋（子音母音）」じゃないかい？日本語でふたつの言葉に共通しているのは、単語のどこかに「母音だけの音がある」ことだ。つくえは「え」に、エレベーターも「エ」に。この辺りに何だかヒントがありそうだが、私の頭ではわからない。どなたか是非、これをちゃんと説明できる、優秀な方のコメントを、私は心の底からお待ちしています。・・・「もう、ミナックおばちゃん。そんなんどーでもいいし」と言いながら、シャボン玉を追いかけるその子ども。うふ。カワユイなぁ～。確かに、「エベレーター」でも「エレベーター」でも、どっちゃでもええわ。私も今はちゃんと、「つくえ」って言えるしなぁ～～～</description>
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<category>日常</category>
<pubDate>Fri, 05 Mar 2010 13:09:38 +0900</pubDate>

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<title>グ～子ちゃん</title>
<description>　　　今日、私は名古屋市内に住む友の家へ遊びに行く予定だった。ところが昨日メールをし合い、ふたりともそれほど体が万全でない事を知り、「それなら止めよ、止めよ～」と、あっと言う間にキャンセルした。ところが、今朝になって互いに色々と聞くことがあり、何度も携帯でメールをし合い、「会った方が早いんちゃうの？」なんて思ったが、それはまた違うんだなぁ～。彼女は彼女で、私が来るとなれば化粧をするだろうし、そうは言っても少しは片付けるだろう。更に、こういう事はやり始めると加速していくので、「そうは言ってもご飯を手配しよう」とか「そうは言ってもお茶の準備をしよう」とかやり始め、挙句の果てには「そうは言っても花を飾ろう」「そうは言っても土産を用意しよう」「そうは言ってもちょっと綺麗な服を着よう」などと、どんどんやる事を増やし、自分で自分の首を絞め始める。もうね、しんどい時は体が「休息せよ～」と言っているんだから、約束はどんどんキャンセルして、律儀でない性格でいる方が良いのである。（程度による）最近、神奈川に住む7つ下の従妹が遊びに来て、私と私お得意のコンカツネタを語り合った。と言うより、彼女は私の話に引きずり込まれた。（気の毒に・・・）従妹によれば、34歳の彼女の周りの女性で独身はひとりしかいず、後は全員結婚し、その大半は子どもを産み、専業主婦をしていると言う。私の従妹はたまたま親が近くに住んでいるから、子育てしながら働き続けているが、今後例えば旦那さんが転勤で神奈川を離れることがあれば、それはどうなるか分からないと、言っていた。彼女の話では、従妹たちが就職活動をする頃は「超氷河期」と言われた時期で、もう就職できれば御の字で、とても「ひとりで食べていこう」なんて発想はなかったと言う。出来れば誰かと早く結婚して収入を増やし、生活を楽にする。この考え方は、アメリカ人の若いカップルによく見られる傾向だと思われる。ひとりでは暮らしていけないが、ふたりだと暮らせる。不思議なようだが、家賃や光熱費、電話代などひとり暮らしで2世帯営むより、ふたり暮らしで1世帯営む方が、お金は節約できる。「そうか～。周囲に独身は殆どいないのね？」私がそう聞くと、首を横に振る従妹。「ううん。ミナックちゃんくらいの年齢の先輩になると、結構いる」ガガガ～。やっぱり～～～！！私などは平成4年に社会人となり、それはバブル最後の年と言われたが、それから数年間は沈みかけている大型船の中にいるようで、本当に沈んでいるのかどうかを実感する事は出来なかった。昭和の終わりから平成3年位までに就職した人は、その傾向がもっと強いのではないかと、思う。ところで最近、友人から『スーパーCA（キャビンアテンダント）の仕事術』という本を借りた。夫がそれを見て、「・・・今からCAを目指すわけ？」と、あり得ない突っ込みを入れてきたが、この本の著者の方は、1964年に生まれ、1986年に全日本空輸（ANA）へ当時の言葉を使えばスチュワーデスとして採用され、以来23年間、仕事一筋に生きて来られている。結婚したくないわけじゃないけど、なかなか出会いがないと書かれてあった。綺麗だし、感じも良いし、性格も良さそうだし、何も問題はない。ただ、私と同じ時代、同じ空気の中社会人となり、以降、色々と悩み迷いながらもその道をまっすぐ歩いていらっしゃる感じを受けた。しかし、私はちょっとだけ思う。「たぶん、意識していらっしゃらない部分で、きっと何処かしんどいだろうな」と。私もがむしゃらに働いていた頃は気付かなかったが、今は私の体が先にそれを気付いてくれた。是非、私の友人含め、偶然このブログにたどり着いた方も、時々は本当に休んで下さいよ～。ダラダラOK、グダグダOK、イジイジOKちゃいますか？・・・ここだけの話、私、まだ寝巻きを着ております～～～っ会社員の皆さんは、「ありえね～。このグータラ女めっ！！」とお思いでしょうが、それが私の最近目指す、グ～子ちゃんの生活なのであります。（この、「目指す」という時点で、まだ頑張り癖が抜け切れていない感がありますけどね）ま、それまたグ～っ？■『スーパーCAの仕事術』（里岡美津奈・著）</description>
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<category>読書</category>
<pubDate>Thu, 04 Mar 2010 12:57:26 +0900</pubDate>

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<title>桃の節句</title>
<description>　満開を迎えた沈丁花　咲き始めた雪柳　やっと蕾の、クリスマスローズお昼前に、先日従妹とその子どもが泊まりに来た時に使った布団を干していたら、庭から良い香りがした。今、我が家の沈丁花は満開だ。その横に植えた雪柳も、せっかちさんが2つほど花を咲かせている。さらに、ようやく今蕾を開き始めた、のんびり屋さんのクリスマスローズもある。関西にいた時は、東大寺二月堂のお水取りが始まると、「あぁ、ようやく春を迎える」と、実感として湧いていたが、こちらではそのニュースをテレビではたぶんやらなかった。所変われば、そんなものなのかな。今日は、ちょっと体調が悪い。まだくすぶり続けている結石が何となく悪さをしている感があり、落ち着かない。水を沢山飲み、ジャンプをした。合間に、名古屋市出身の作家、井沢元彦さんの本を読む。「うーん」と伸びをしていたら、ご近所に住む神戸出身のおば様が電話をかけてこられ、何やら渡したいものがあると言う。そして届けられたもの。それは手作りのちらし寿司で、何でそのようなものを頂いたのかと考えると、今日がひな祭りだったことに、気が付いた。この方の関西弁を聞くと、私は何故かほっとして、「私、先日行った料理教室で、”先生”と言ったら、周囲の人から”わ～、素敵。関西弁！”と言われてびっくりしました」と伝えた。こちらでは、「せんせい」は、なだらかに上がって発音していくが、関西弁では、初めの「せ」に強くイントネーションをおく。「私なんか、昔子どもらに、”お母さんの『地下鉄』という発音はおかしい”と言われてね」と、おば様は言った。どうやら名古屋では、「ちかてつ」は「せんせい」と同じく、なだらかにアクセントが上がるか、ほぼフラットに発音するが、関西弁では2番目の「か」に強くアクセントを置く。そんな話をふたりでして笑って、そして別れた。このおば様、関西を離れてもう確か50年近く経つと思われるが、今だに関西アクセントが残っていることを考えると、それくらい言葉というものは、もうそれ自体が自らの歴史のごとく、身についているのだと実感した。頂いたちらし寿司が名古屋風だったのか、関西風だったのか、それはちょっとわからないが、間違いなく美味しかった。</description>
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<category>植物</category>
<pubDate>Wed, 03 Mar 2010 19:41:28 +0900</pubDate>

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<item>
<title>民主党代議士の作られ方</title>
<description>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ハードボイルドな私（妄想）先日、マルシェジャポンの事をブログに書いた時、ついでに「新潮社から本を出された方からブログへコメント頂いた経験がある」話を書いた。ココです。それで、昨日ちょっと用事があって、その著者の方と久しぶりに話しをし、「そういう事、書きましてん」と伝えると、「ほんじゃぁ、またブログ読んでおきます」との事だったので、それじゃぁせっかくだから、匿名なんかにせず、その方のお名前を書きましょうと思い立つ。で、その方とは「出井康博さん」と言うジャーナリストで、これがまたハードボイルドな、いかにもジャーナリスト！と言う感じで、格好良いのである。この方の口から、「ミナックさん、名古屋生活どうですか？」と聞かれると、「ミナックさん」と「ハードボイルド」に、あまりにギャップがありすぎて、かなり笑える。まぁ、それはさておき。話をしている途中で、私もまだ読んでいない出井さん著の最新刊があるのに気付いたので、せっかくだからここで宣伝しておこう。それは、『民主党代議士の作られ方』（新潮社）と言うもので、昨年の政権交代から今に至る民主党内部の、皆の興味が湧きそうな内容っぽい。さらに、そうは言っても色々と、厳しい事も書かれてあるんだろうなぁ・・・と、想像する。しかし。あのですね、このハードボイルド出井さんは、書かれる文章とは裏腹に心は温かく、かなり面白い方なのであります。まぁ、冷酷な人ならこんな本書かれないだろうし、日本を本気で考えているからこその仕事だと想像する。という事で、是非今すぐ書店へこの本を買いに行きましょう！そういう私も、もちろん買うわ。あぁ。私がもしも男性に生まれていたら、実はハードボイルドな道を歩みたかった・・・と思いつつ、しかしそんな私ってどんな感じ？と想像するが、どう考えても揉み手しながら長いものにシッポごとぐるぐる巻かれ、のり巻き化している姿しか目に浮かばない。まぁ人それぞれに適性と言うものが、ありますわな。てな感じで、どうぞ宜しくです。・・・て言うか、こんな宣伝をして、出井さんのイメージが崩れたらどないしよ？出井さん、ごめんなさい～～～■『民主党代議士の作られ方』（出井康博・著）</description>
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<category>読書</category>
<pubDate>Wed, 03 Mar 2010 00:17:10 +0900</pubDate>

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<item>
<title>ライフリンク</title>
<description>3月は、自殺対策強化月間なのだそうだ。この時期、決算期を迎える多くの会社。資金繰りに行き詰まった経営者が自らの命を絶つ傾向があり、その数が増えるのではないか？と、言われているらしい。日本では、10年連続自殺者が年間3万人を超しているそうで、そんな数の人がこの国から毎年自らの判断で去っているとは、日本とはそんなに生きにくい国なのだろうか？と、考えさせられる。NHKで自殺する人々を追った番組を作り続けたプロデューサーが、職を辞し、何年か前にNPOを立ち上げたのをご存知だろうか。名前を清水さんと言い、その会の名前が「自殺対策支援センター・ライフリンク」。元NHK職員という経験を活かし、マスコミ等を利用して、様々な場所で自殺へと向かう人々を食い止める支援を行っている。私の周りには、子ども時代から数えて3人自殺した人がいた。1人目が、幼なじみのお母さん。2人目が中学の時の同級生。そして3人目が、大学時代に一緒にスキーをした他大学の友人。世間では「親からもらった命を絶ってはいけない」と、常套句のように言われている。でも、特に3人目の彼は、そんな事を考える余裕などない程精神的に追い詰められ、その選択をしなければならなかった心の辛さを想像する度、17年経った今でも涙が出る。しかも彼の自殺の理由と、バブル崩壊が関係しているのがまた、悔しい。残された家族も悲惨だった。ご両親は自分たちを責め、そして私たち友人も「何か出来る事はなかったのか？」と、自らを責め続けた。本人だけではなく、本人の周囲たぶん100名以上は苦しみを味わう。自殺した人のお葬式って、本当に悲しい。世間の目から逃れるようにひっそり執り行われるし、もう、列席していても苦しいの一言だ。17年前のあの夜は、初夏に入ったばかりの頃で、近くの田んぼから聞こえる蛙の鳴き声だけが、ただ空しく響いていた。ライフリンク代表の清水さんによれば、自殺は「声がけ」ひとつで救えることもあるそうだ。本当は誰かの助けが欲しくて、誰かから声をかけてもらうのを待っている人もいる。私も、17年前のあの日、友人を救えなかった傷を今だ持ち続けているひとりとして、少しでも悩んでいる人がいれば、おせっかいと言われようが、手を差し伸べたい。だって、あれだもん。私にだってこの先、何が起こるかわからない。その時、きっと私も誰かに手を差し伸べてもらいたいだろうと、思う。微力ながらこうしてブログへ書くことで、このNPOの活動が人々の意識にのぼり、日本の自殺者減少につながれば、嬉しい。さらに。もしももしも、今悩んでいる人が私のブログを読み、私の日々の行動のバカらしさに呆れ果て、「こんな人でも生きているんだから、ちょっと考えなおしてみよう」と思ってもらえたら、そんなブログ冥利につきる事はない。どこかにきっと道はあるだろうし、悩んだ時は、ちょっと一休みして笑ってみると、案外考えが変わるかもしれない。「笑い」、これ生きていくのに絶対不可欠だと、私は思う。■自殺対策支援センター・ライフリンク└http://www.lifelink.or.jp/■ライフリンク代表清水さんのブログ└http://blog.livedoor.jp/bxs00035/</description>
<link>http://aream2.buzzlog.jp/e143648.html</link>
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<category>連絡</category>
<pubDate>Tue, 02 Mar 2010 09:15:33 +0900</pubDate>

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<title>ムーミン谷の、ミナックさん</title>
<description>　　　　　買い物帰りに、本屋でムーミンの生みの親である、トーベ・ヤンソンさんの本を立ち読みした。すると、彼女が国際アンデルセン賞を受賞された時のスピーチが日本語に翻訳されたページに行き着き、私は最近、色々考えていた事がストンと腑に落ちた。この方が語ったところによると、児童文学が決してしてはいけない事は、主人公を死なせる事。そして逆に、するべきは「希望」を残す終わり方をする事というような、内容だった。私が時々のぞかせてもらっているイタリア在住の男性のブログで最近、『ブタがいた教室』という映画の基となった大阪の教師の行為（＝食べ物の大切さを子どもに教えるために食用としてクラスでブタを飼い始め、1年後にそれを皆で食べるという教育）の賛否両論が交わされていて、私も微力ながらそこへ参加した。食べ物を大切にする心を学ばせる重要性はわかる。最近のテレビ番組でも世間を見渡しても、あまりに食べ物を粗末にしている光景を目の当たりにする。でも、私は絶対にそんな先生の下で授業を受けたくは、ない。それはどうしてだろうか・・・？と、ブログ内での意見交換を眺めているうちに、私はそのブログの主の言葉に反応した。「だって、その教育に愛を感じられない」そうだ。確かに私もブタを食べる。でも、名前までつけて飼い続けたブタはもうペットであり、それを食べるなんて、そこに希望を感じられない。養豚業を学ぶ大人ならいざ知らず、12歳以下の子どもにそこまで理屈を押し付ける教育が、本当の教育だろうか？と、理屈や論理や数値などの頭でっかちな考え方に毒された大人を感じた。ちょうどそんな時に、ムーミンを描き続けたトーベ・ヤンソンさんの言葉に出会った。児童文学の中でまずするべきは、人間世界の現実という理屈を教える前に、愛や希望という、数値では決して出せないものを、感覚的に子どもへ与えることではないのか？と、提案していた。いずれ人も動物も死ぬし、現実は夢とは違いドロドロとした汚いことだらけだ。でも、そんな中にも「希望」という、心の中から湧き出るムーミンのような妖精がいない限り、辛いことが沢山待ち受けている人生を何十年も送ることなんて出来ない。その「希望」の描き方を身につけさせるのが、12歳以下の教育であり、児童文学の果たす役割でもあると実感し、私自身も希望が湧いた。ところで、自分が描く絵とは自身の投影だと良く言われるが、ムーミン谷に住むキャラクターの中で、トーベさんは一体誰だろう？と考えると。それは、やっぱり元々政治風刺の挿絵をしていたという彼女なので、リトルミィなのではないか？なんて考えた。そして、トーベさんが抱き続けた「希望」が、ムーミンという存在。世界が大変な大戦を続けていた頃に生きた人だ。きっと「希望」なくしては生きられなかったに違いない。それで、私はと言えば・・・。平和な時代に生まれた平和ボケした人間なので、その同じミィを描いても、やっぱりいつものあの顔になってしまうのは、もう致し方ないのかしらん？</description>
<link>http://aream2.buzzlog.jp/e143609.html</link>
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<category>仕事</category>
<pubDate>Mon, 01 Mar 2010 08:57:23 +0900</pubDate>

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<title>三つ子の魂百まで？</title>
<description>　今朝、たまたま行き着いた人のブログを読んでいたら、はまってしまって、その方が始められた当初から3年分くらいを、凄いスピードで読んでみた。写真や文章の良し悪しではなく、中学生くらいになってから、いつも良い子でいようと無理をし続けたことが大人になって、ある日とても辛くなった等の内容がとても正直（と、思われる）に綴られていて、興味深かったのだ。日記に近い感じだったので、それがまた良かったのかも。すると、私は私で子どもの頃の色々な感覚がよみがえってきて面白かった。私は「良い人」になろうと頑張ってみても、いつもどこかで惨敗して敗北感を覚えるので、もう自分は「良い人ではない人」だと認めると、結構生き易くなった。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・その１：幼稚園のお姫様事件幼稚園で一緒のクラスにいた歯医者の子どもが好きではなかった。彼女は、いつもお姫様のように自分が中心になり、さらに彼女の下僕たちをいじめ、そしておもちゃを独占していた。私が彼女からいじめられなかったのは、性格的に割とおとなしいながらも、飄々と単独行動するタイプだったので、それが恐ろしかったのではないかと思う。これはその後も変わらず、中学生の時に女子の間で流行った「一緒にお手洗いへ行く」も、共感できなかった。その２：エセセレブの子ども事件小学1～3年生までバレエを習っていた。純粋に踊ってみたいという希望でその習い事を親に頼んで始めたが、何故か母はそこへあまり一緒に来たがらず、私はバスと電車を乗り継いで、ひとりで通っていた。今の時代ではそんな危険なこと出来ないだろうが、昔だから出来た芸当だ。そこには「ざま～す」言葉を話す親の子どもが一杯いて、彼女たちは、体が硬くヒョコヒョコ踊る私を、どうやら見下していた。さらに、私が彼女たちに迎合しないのも、気に食わなかったのだと思う。ところがある日その子たちは、私が学校の友達のために買ってきたお誕生日プレゼントの袋を持っているのに気付き、私がレッスンをしている間（彼女たちはその日、ひとつ前のレッスンだった）、その袋をシャワー室で勝手に開け、欲しいものだけ盗んで行った。そのことに気付き、私は彼女たちにつっかかって行ったが（＝ここが、私らしいところ）、「知らないも～ん。何か証拠でもあるの？」と言われ、泣きながら開けられた袋をひとりで片付けた。その後、クラスで唯一仲良くしていた友達がバレエを辞めると聞き、私も辞めると母へ伝えたら、母は何も言わずに了解した。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・きっと、会社員として働いていた頃、理不尽だと感じたことに対し上司に抵抗したり、後輩いじめや業者いじめをする社員に立ち向かっていったのも、納得できない価値観で繋がりかける人間関係には入り込まず飛び出してしまうのも、今に始まったわけではなく、子どもの頃からその片鱗は見られていたのだ、と気付く。そうするとアレですよね。きっと「三つ子の魂百まで」と言うことわざは当たっていて、私はこの先もこういう性格を抱えつつ、せめてそれが上手くはたらく様、飼い慣らし続けなければならないのかも？う～む。修行はまだ続くなぁ。と言うか、夫も苦労するなぁ～。ごめんよ～～～</description>
<link>http://aream2.buzzlog.jp/e143397.html</link>
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<category>日常</category>
<pubDate>Fri, 26 Feb 2010 10:38:53 +0900</pubDate>

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<title>nifmail.jp閉鎖のお知らせ</title>
<description>え～。私事ですが。・・・と言うか、個人ブログなので、基本、私事しか書いてないけど。メールアドレスを変更することになりました。と言うか、（と言うか、ばかりスミマセン）実は今殆ど使っていないアドレスをメインに使うようになるだけなので、知っている方は知っていると思われます。で。何でそんな事をするかと言えば、私は全然そんな事をしたくないんだけど、niftyさんがどうもフリーメール（nifmail.jp）を閉鎖するようなので、致し方なく私のアドレスも今年の9月に終わりを迎えるのであります。フリーメールを開放するとサーバーが重くなりすぎて、管理費も大変なのかな～と、残念だがこのご時世なので、致し方ない。思えば、niftyの会員となったのは、初めてパソコンを買った、1997年。もう13年も前なのね。当時は、プロバイダーと言えばniftyでしょ？という感じで、選ぶ余地も知識もなくここを選び、その頃のメールは「ミナックさん@nifty.ne.jp」だったと思う。ところが2年前に結婚を決め、夫が契約しているプロバイダーに集約することとなり、（でも実は彼もniftyだったけど）私は泣く泣くメールアドレスを変更することにした。後から考えれば、その時細々と使っていた「ミナックさん@yahoo.co.jp」にしても良かったが、どうもniftyへの愛着があり、そのようにしてみたのだが、結局また閉鎖することになってしまった。夫の名前でniftyに契約しているのだし、ここが提供するセカンドメールにしても良い気もするが、もう面倒くさいし、止めた。私は一生、ヤホーじゃなく、ヤフーにしますわ。携帯も、関西デジタルフォン→J-PHONE→vodafone→SoftBankと来ている訳だし、この際、SoftBank（＝yahoo）に全てを捧げます。と言う事で、メールアドレス変更のお知らせをしない可能性がありますので、メールで連絡頂く場合は、今の「ミナックさん@nifmail.jp」アドレスの、「ミナックさん」の部分を、そのままyahooに当てはめ、「ミナックさん@yahoo.co.jp」で宜しくお願いいたします。えっ？SoftBankがこの先万が一、フリーメールを閉鎖した場合はどうするかって？その時は、このブログには「オーナーへメッセージを送る」と言う機能がありますので、そちらをご利用下さい。はっ？もしも、このブログを提供しているbuzzlog.jpが閉鎖される事があれば、どうすれば良いかって？うーん。その場合はアレですな、「名古屋市　ミナックさんへ」とでも書いて、ポストへ手紙を投函下さい～。もう、殆どヤケクソですわ～～～。■nifmail閉鎖の案内└http://www.nifty.com/mail/discontinue/</description>
<link>http://aream2.buzzlog.jp/e143327.html</link>
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<category>連絡</category>
<pubDate>Thu, 25 Feb 2010 10:30:21 +0900</pubDate>

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