2010年02月17日
リスのケーキ屋さん

少し前、NHKのBS放送で、北海道のエゾリスを追った番組を観た。
これがもう可愛くて可愛くて、テレビに向かってひとりで「キャッ キャッ」と叫び続けた。
番組が終わった後、「エゾリスとは何ぞや?」と調べてみると、これはアジア北部からヨーロッパにかけてみられるキタリスの亜種だとわかった。
もう10年以上も前だが、学生時代の友人2人と一緒にボストンを旅した。その時、偶然立ち寄った公園にリスがいて、動物好きな友の方は必死でこの小動物の写真を撮っていた。
今から思えば、あれはキタリスだったのに違いない。いやいや、あるいはあれも亜種かも?
番組で観たエゾリスは、誰にも取られまいとして、クルミを地面に隠す。
ところが、そのせっかく隠したクルミを取り忘れる子もいたりして、するとそれがやがて芽を出し、いつか大きな木へと成長していくこともあるらしい。
そして、このおっちょこちょいのエゾリスのお陰で、森林は守られているとの説明だった。
番組を観て以来、私はすっかりリスのファンとなり、「リス~ リス~」とつぶやき続けているが、週末に覗いたペットショップには、シマリスさえも売っていなかった。
(ちなみに私は子どもの頃、家でシマリスを飼ったことがある)
さらに、先日夫と向かった金華山には、「リスの村」という、子供用の施設があったので、お金を払ってでも見ようと思っていたのに、例の歴史おじさんと話しこんでしまったせいで、すっかり忘れてしまった。
「あぁ、リスを見たい」
そう思っていたら、「リスのケーキ屋さん」(「犬のパン屋さん」の2番煎じではございません・・・)という話が浮かんだ。
・・・
いつかご披露できる日が来るよう、精々精進いたします。
2010年02月11日
フロイトも、超びっくり

実家の母から電話があった。
私の「結石事件」のその後を心配しての連絡だったが、話し始めた時に、受話器の向こうから猫の花さまの鳴き声が聞こえる。
「グエ~~~ グエ~~~」
それは明らかに何か不満を表す声で、どうも気に入らないことがあるらしい。
「はい、はい、わかりました」
母がそう言いながら何かをしたら、「グエ~~~」は聞こえなくなった。
どうやら、わが母が携帯電話を持って台所で話し始めると、そこへ花さまがやって来て、2階へ行ってご近所さんが飼う、腹が白いトラ猫のハラジロ君を偵察したいから、扉を開けろと言ったらしい。(ほんまかいな)
しぶしぶ母が台所のドアを開けると、彼女は扉の向こう側にある2階へ続く階段をトットットと駆け上り、踊り場に置いてある猫台に上って、窓からハラジロ君が住む私の幼なじみの家を観察し始めたらしい。
「平和やなぁ~」
私が言うと、母はヒソヒソ声で話し出した。
「そうそう、そう言えば、最近お父さんがこんな夢をみたんだって」
「ふむふむ?」
それは、あれだけ普段可愛がっている花さまが、包丁をくわえて自分に襲いかかろうとしている夢で、続いて巨大魚に追いかけられる悪夢までみたらしい。
「かなんなぁ~。変な夢みた」
父はそう言いながら、ある朝起きてきて、一部始終を母に語ったそうだ。
「毎日、タイやらヒラメやらを、やらなアカン、やらなアカンと思いすぎて、強迫観念にかられてるんちゃうの?」
私はそう言いながらケケケケ笑ったが、そう言えば最近読んでいるフロイトさんの『精神分析入門』の、「夢の分析コーナー」での説明によると、夢とはそう単純なものでもないらしく、古代から人間が使ってきた言葉は時と共に変化をし、今では全く違う意味をさす場合があるが、夢の中では元来のものの姿形であらわれたりするらしい。
実際に見えたものは実は何かの象徴であったり、捻じ曲がったり圧縮されているから、一概に夢に現れた様子をそのまま解釈できるものでもないという説明だった。
うーん。
しかしながら父の夢の場合は、そこにどんな捻じ曲がりも圧縮もなく、単に花さまの下僕として過ごす日々をシンプルに表しているような気がして、もしも私がフロイトさんと同じ時代を生きる学者志望なら、彼の講義でそれを尋ねてみたいと考える。
ところで。
母が電話を寄こしてきた本来の主旨、「それで、結石はどないやの?」は、すでに忘却の彼方へと追いやられ、延々と猫の話が続くのだった。
やはりあの家で天下をとっているのは、花さまだと思い知った夜である。
2010年02月09日
猫のコンカツ

昨日、お茶を沸かそうとコンロの前に立った時、「グエッ、グエッ」という、カエルかと聞き違えるような猫の鳴き声がするのに気付いた。
「えっ?えっ?」と、キッチンから隣の部屋を覗いた私は、卒倒しそうになる。
なんと、ダイニングルームにある、大きな窓の外に置いたウッドデッキ1畳程の上に、ど~んと、猫が2匹座っているのを目撃したからだ。
しかも、左側にいる黒猫は随分太っていて、これはきっとオスに違いない。さらに右側にいるトラ猫は、どこか高飛車で、ツーンとすました顔して体を舐めたりしている。
はっは~ん、そう言えばもうそんな時期なのね?と、私は合点がいった。
確か、去年の今頃も猫の恋愛模様を見学した記憶がある。
それにしても、昨年よりも随分彼らは我が家に近づいた。
「おいおい、うちのウッドデッキに不法侵入した上、そこでコンカツか?」と、黒猫にツッコミを入れてみたが、当然ながら彼は私の存在になど気付かず、「グエッ、グエッ」を繰り返している。
そんな様子を、私は窓のすぐ側までそ~っと近づいて見学してみたが、2匹そろってこちらの存在に気付くそぶりも見せない。
あれだけ敏感な野良猫でも、恋に狂っている時だけは、その野性的感覚を失うのかしらん?と、彼らのカエル声帯模写に感心しながら、ずっとそれを凝視し続けた。
私は今、世界で一番暇人に違いないと確信した頃、彼らは「ちょっと、場所変えてデートしぃひん?このウッドデッキ、結構ボロボロで座り心地悪いし」などと言いながら(たぶん)、どこかへ行ってしまった。
次はやっぱり、黒猫がいかに美味しいものを彼女に調達できるかが鍵なのかも?
ところで、今日の中日新聞の「中日春秋」(朝日新聞の、天声人語みたいな欄)に、季語についての説明がなされていた。
「探梅」(たんばい:どこかに咲いているだろう梅の花を訪ね歩くこと)とは、「梅」の文字が入るので春の季語かと思いきや、芭蕉じいさんにより、冬の季語として定着させられたらしい。
と言うのも、探せばどこかに梅の花を見かけられる今の時期だが、それでもまだ春には少し早く、かといって真冬でもない。それはまさに「春と隣り合わせの冬」という感じで、春に限りなく近いが、「でもまだ冬である」という意味を含んでいるらしい。
限りなく春に近い冬だということで、野良猫たちの恋の季節もまだ本番ではないかもしれないが、人間の世界と同様、「コンカツは早めにしよう」と、鼻の効く猫が動き始めているのかもしれぬ。
「猫活」(ネコカツ:フライングをして、皆よりも早く婚活を始めること)
これ、春と隣り合わせの冬の季語として、芭蕉さんもきっと気に入ってくれるだろうと、私は思う。ウッシッシ。
2010年01月21日
朝5時、瓦屋根の上で。

実家の母と電話で話す時、私は必ず「花ちゃん、どぅしてんの?」と、聞く。
すると、たいがいが「目の前の椅子に座っている」か、「石油ファンヒーターの上に座っている」か、「キャビネットの上に座っている」かのどれかで、「懸命に働いている」なんてことは絶対にない。
「全く、いつもいつも座ってばかりで、働かんやつやな~」
これ、自分のことを言っているのではない。花さまのことを言っているのだ。
それで、私は、その目の前に座っているらしい花さまに向かって、「は~なちゃん、は~なちゃん」と呼びかける。
すると、その声を聞きつけた花は、電話のにおいを嗅ぎ始めるらしく、それを想像すると笑える。
そうよねぇ。
まさか私が何百キロも離れた場所にいるなんて想像も出来ないだろうから、「電話の中に、入っているのかニャ?」と、思うのは当たり前だろう。
ひとしきり「は~なちゃん」とやった後、電話を切ると妙に寂しくなって、大阪へ戻りたくなる。まったく、猫1匹の存在が何と言う吸引力を持っているのだろうかと思いつつ、そういう時はストックしてある写真を眺めて、一息つく。
すると、屋根の上を嬉しそうにソロリソロリと歩く花を撮影した写真にいきついた。
これは、私が結婚する年の夏、帰省した兄夫婦と両親と5人で伊勢神宮へ行く、朝5時ごろに撮影したものだ。猛暑の中、伊勢くんだりまで行って、またそこで散々歩いた、「これは苦行か?」という旅だったが、行っておいて本当に良かった。
きっと、この写真と共に何年経っても、朝独特の澄んだ空気の中、嬉しそうにしっぽを伸ばして歩く花を撮影した自分と、あの日の気持ちを思い出すんだろうな。
あ、間違えた。
思い出すんだろうニャ。
2010年01月07日
みんな元気かニャ?


今年の年賀状。
例年は元旦早々届くように書く人々の中で、何通かが今だ届かず、「うーん。体調が悪いのかしらん」と心配になる。
そういう人々はたいてい、ご高齢だったりするので、気が気ではない。
そんな中、猫の花さまの姉や弟たちは元気にしていると、元・飼い主から連絡があった。
「確か、これまでは叔母さま(当然、花さまの叔母)も元気だったはずだけど、もしやもしや?」と、こちらも少し気をもんだ。
まぁ、でも花を含む彼女のきょうだいたちは今年で12歳の誕生日を迎えるので、その叔母に何かあってもそれは致し方ないのかもしれない。(涙)
そんな訳で、ついつい彼らが赤子の頃の写真を引っ張り出して見つめたが、もう食べてしまいたい位に可愛いわん。
今となっては、どれが花かと判別するのは少々難しいが、少なくとも「この子は絶対違う」というのはわかる。
他人から見たら、「は~~~?」と思うほど、どの子も同じに見えるのだろうなぁ。
あ~、可愛い。
うっしっし。
2009年12月04日
赤鼻のトナカイ

英会話を教えている子どもたちとそのママたちを我が家に呼んで、「クリスマスパーティー」をしようかと思っている。
派手なことは出来ないが、簡単な食事を用意し、プレゼント交換でもして・・・。
小学生の頃、近くに住むアメリカ人の牧師さんに英会話を習っていた。
普段でも家の中に何やら良い香りがするのを「外国みたい」とワクワクしながら通っていたが、クリスマスの日、そこで見た光景にはたまげた。
テーブルの上にはチキンに、サラダ、そして色とりどりのクッキー(のちに、それがアイシングでデコレートされたものだと知る)、そして部屋の中には大きなクリスマスツリーが飾られてあり、おごそかな曲がゆっくりと流れていた。
その牧師一家は、住宅街の中にある普通の家に住んでいたはずだが、記憶の中では、その部屋には暖炉まであったような気さえする。
それ位、初めて見る外国人宅のクリスマスに、心が躍った。
・・・しかし、こちとら、どうあがいてもモンゴロイド系日本人だ。どう工夫をすれば、子どもたちに「外国気分」を味わってもらえるだろうか?と考えた後、とにかく英語の曲を流し続けようと思った。
そこで取り出した、クリスマスソングのCD。
「ふむふむ、やっぱり『赤鼻のトナカイ』が可愛いわよねぇ」
そう独り言をいいながら、歌詞を良く聴き、そして歌詞カードを見ると。
えっ。
赤鼻のトナカイって、原曲はこんな歌詞なの?と、ちょっと驚いた。"Rudolph"というのが、赤鼻をしたトナカイの名前。そのルドルフ君は、日本の歌詞と同じく、いつもみんなの笑い者ではある。でも、そのはみ子具合が、日本語で語られているよりも、もっと強烈なのだ。
Rudolph the Red-Nosed Reindeer
Rudolph the red-nosed reindeer
Had a very shiny nose
And if you ever saw it
You would even say it glows
All of the other reindeer
Used to laugh and call him names
They never let poor Rudolph
Join in any reindeer games
ルドルフ君が、赤い鼻をしているだけで、他のトナカイたちは、彼を笑い、さらに遊びの輪にさえも入れてあげないという、意地悪ぶり。
The one foggy Christmas Eve
Santa came to say
Rudolph with your nose so bright
Won't you guide my sleigh tonight ?
ところが、サンタクロースのおじいさんは日本語訳と同様、霧の夜にそりを走らせるのには、ルドルフ君の赤鼻が有益なことを見出し、クリスマスイヴの大仕事へと雇い入れる。
Then how the reindeer loved him
And they shouted out with glee
"Rudolph the red-nosed reindeer
You'll go down in history !"
すると、どうだ。これまで笑い者にするだけではなく、遊びの輪にさえ入れなかった意地悪トナカイたちは、手のひらを返したように、「ルドルフ君。きっと君の名は歴史に残るぜ~」などと、ヘラヘラとお世辞を言い始めるのだ。
You know Dasher and Dancer
And Prancer and Vixen
Comet and Cupid
And Donner and Blitzen
But do you recall
The most famous reindeer of all ?
さらに、8頭のトナカイたちの名前の中でも、「君ほどの有名人はいないぜ、ベイビー」と、もの凄い持ち上げようである。
このルドルフ君、もしもサンタさんが仕事をする時、霧にならなかったら、もしもサンタさんが赤鼻の有益性を見出さなかったら、彼は一生馬鹿にされ、無能者扱いを受けたのだろうか。
さらに、サンタさんに褒められたからと、手のひらを返したように態度を一変させるトナカイたちは、まるで私たち人間の姿そのものだ。
ノーベル賞を受賞した地味な科学者は、急にスターとなり、「けっ、芸人ごときに何ができる」と馬鹿にされたそのまんま東さんは、大臣からも頭を下げられ、さらにそういう姿を見ると、ヘコヘコと態度を変える多くの大衆。そして私もその大衆の中にいる。
そして、逆に思う。
今、世間を騒がせている、リンゼイさん殺害容疑で逮捕された市橋容疑者という人も、指名手配が張られたこの狭い日本の中で、2年以上も生き延びた。しかもお金を稼ぎ、見つかるかもしれないという恐怖心に打ち勝ちながら、たったひとりで、それだけの時間を生きてきた。
そんな力を、研究であるとか、新規ビジネス開拓であるとか、芸術であるとか、そういう方面に活かすチャンスがあれば、どれだけ大成しただろうか・・・と、残念でならない。
きっと、彼には「サンタクロース」が現れなかったのだ。いや、違うかも。現れていたのに、気付かなかっただけかもしれない。
人がその才能を開花させるか否かは、やはりその人ひとりの力ではなく、それを見出してくれる誰かの力というのが、必要だ。
誰もが何かで赤鼻のトナカイになり得るし、誰もがサンタクロースと出会う運を持っている。
そんな事を考えながら、私は神妙な面持ちで『赤鼻のトナカイ』を聴き続けた。
・・・
それにしても他のトナカイたち、どう考えてもめちゃ現金やな~。彼らが揉み手までして、ルドルフ君にヘコヘコしている姿までが目に浮かび、そしてさらに、そのヘコヘコトナカイが、わが身に思えて泣けてくるわ。(涙)
■『Rudolph the Red-Nosed Reindeer:赤鼻のトナカイ』(You Tube )
2009年09月16日
働きバチ

今、庭に植えたランタナが満開だ。
黄色と白、そしてオレンジがかったピンクの花を咲かせ、毎日私の目を楽しませてくれる。
ここ数日、夏にはちっとも降らなかった雨がたくさん降った。おかげで、庭の水遣りはしなくてすむけれど、少しずつ花びらが散っていくのが惜しくて、複雑な気分。
そして、そのランタナの周りに、最近よく、ミツバチが遊びに来る。
昔、ミツバチの生態を調べて驚いたが、働きバチと呼ばれるハチは、あれ全部メスなんだってね。
女王バチと、その周りにいる働き者のメスバチたち。そうわかっていても、どうも彼女たちがメスには見えず、かと言ってオスにも見えない。
これではまるで、性別不詳の観音様みたいだな・・・と思いつつ、私は養蜂農家から買ってきた、蜂蜜を舐める。
どうも、彼女たちから搾取をしているようで落ち着かないが、これがかなり美味しい。
コーヒー飲んで、蜂蜜舐めて。
コーヒー飲んで、蜂蜜舐めて。
・・・
ところで明日、我が家には大阪から人が遊びに来る。つまり、搾取している場合なんかじゃないない訳だ。
と、言うことで。
掃除、洗濯、買い物と精を出し、たまには働きバチのごとく、無心で働くことにしよう。
2009年08月28日
鳥さん

子ども英会話レッスンで使おうと思い、こんなものを作成してみた。
黄緑色のプレートは、スウェーデン製の、本来はテーブルに置いて使う、塩化ビニールのランチョンマット。それをまず壁に貼ってみた。
さらに、自分で描いた鳥の絵を、イラストレーターで拡大させた後プリントアウトして、紙から切り取って、厚紙に貼って、形どおりにまたチョキチョキ。そして、同じく壁に貼る。
縫い合わせたフェルトの「○」も壁にぺタッ。このフェルト、表と裏が別の色になっていて、何度色あてクイズに使っても、折れないし、破れないという、力作!?
・・・
こんな事を夢中になってやっていたら、スッキリした。
2009年07月28日
今日の花さま。
2日前の花さま。
今日の花さま。微妙に、シッポまで表情が違う。京都で友人の結婚祝い会を終えた後、実家へ戻ることにした。
京都駅で家へ電話をすると、珍しく父が出る。
「今から戻ろうと思うんだけど?」
「・・・そうか。わかった」
ん?何だか暗い。
さらにその後、最寄り駅への到着時間を告げる電話を入れると、また父が出る。
「・・・わかった・・・」
え~、めっちゃ暗いやん!
迎えに来てくれた車の中でも、しばし無言の父。ようやくひとつ目の信号にさしかかった時、彼はボソリと言った。
「・・・花が・・・」
えっ!花ちゃんが??も、もしかして、死・・・?
「・・・また、咬まれた・・・」
あぁ、びっくりした。そうなのね。また咬まれたのね。
通常は家の中で暮らす猫の花も、ボディーガード(=父)の監視の下、晴れた日には庭へ出してもらえる。当然彼女は庭だけで満足する訳もなく、ご近所さまへご機嫌伺いへ向かう訳だが、周辺には時々天敵の猫がいる。
その敵の目をぬってソロリソロリと歩くのが常だが、何せ家の中でぬくぬくと育った彼女の事だ。詰めが甘く、時には枯葉の上を大胆に歩いたりして物音をたて、敵に気づかれる。
過去には、気づかれたせいで、追いかけっこをして敵ごと家になだれ込んだことや、びっくりした花が石の上に飛び移り、着地に失敗し、骨折をしたことまである。
だからこそ、ボディガードの監視がますます強化されたのに、またやられたとの事で、彼女を守りきれなかった父は深く落ち込み、家に戻ると母は具合が悪くなっている。
で、当の花は心を閉ざして、押入れの暗がりの中に引きこもっている。
再確認のため書くが、全て「猫」の話である。
彼女を病院へ連れて行き、特に問題のないことを確認した両親だが、花の落ち込みを見て彼らまでが落ち込み、父はひとりでスーパーへ行き、「ハナさま」へのご機嫌伺いに鯛を買ってきて(しかも、買い物慣れしていない父は、間違って「糸より」を購入)彼女へ差し出している。
そんなこんなで、久しぶりに帰省した娘の「ミナさま」はそっちのけで、延々と天敵への悪態をつき続ける両親の姿を眺めながら、「まぁ、全員元気やっちゅうことやな・・・」と、冷えたご飯をひとりかっこむ、私であった。
追記:2日後の今日、彼女はすでに心の傷を回復し、ゴキゲンで飛び回っている・・・。
2009年06月09日
トイ・プードルがやって来る!

今週、我が家にトイ・プードル連れの客人がやって来る。ワクワク☆
その客人は、私と同じように昨年名古屋に移り住んだ人で、旦那さんの仕事の関係上、遠く東の方からやって来たそうだ。
子供を持たず、外へ働きに出ている訳ではない女性が、夫の転勤に伴って移動をする場合、一体どこでコミュニティーを形成するのだろうか?は、私の古い友人が過去に見事解き明かしてくれたが、この方と私の場合も、その法則にのっとっている。
私たちは、「エステ」で出会ったのだ。
エステと言っても、高額な肩肘はった場所ではなく、簡単なお手入れをリーズナブルな価格で提供してくれるアットホームな場所。家から歩いて行ける範囲にあったので、お試しで行った後会員になり、トイ・プードルのお母さんと出会った。
さらに彼女もそこへ徒歩で通っていて、歩いて通える範囲に住んでいるということは、当然家が近所な訳だ。互いの住所を言うと、不慣れな土地でも「ああ、あの辺りね」と、想像がつくほど近い距離だった。
といういきさつで、後日連絡先を交換して、お宅訪問に相成ったのだ。
「ワクワク~ トイ・プーちゃん(=トイ・プードル)がいる前で、食事をしたら、彼(=オスらしい)に悪いかな~」
「お宅訪問に備えて、わざわざトリミングしてもらいに行くんだって」
「ソソウをしたら駄目なので、オムツをして来るんだってさ~」
私が浮かれて矢継ぎ早に夫へ話すと、「その彼女が遊びに来るのが嬉しいのか、トイ・プードルが来るのが嬉しいのか、どっちだ?」と、聞いてきた。
しばし考えた後、
「ト・・・」
と、言いかけたが、私は言葉を飲み、大人な答えをする。
「もちろん、友達が増えるのが嬉しい。さらに良い獣医さん情報などは、近所の寄り合いで知り合った、ダックスフンドを飼っているあの奥さんが詳しいから、紹介してあげられるやん?」
こういう風に考えていくと、自分自身で犬を飼うのが、最も手っ取り早く友達を増やす方法だと思えてくるが、まぁ、今しばらくは、他人のトイ・プードルや、ダックスフンドで、我慢しようと思う。
は~。しかし動物を撫でられる機会を得られるのは、本当に嬉しいものだ。・・・いや、違う。友達が増えるのが嬉しいのだった。
2009年05月15日
鬼鳥
さらに、昨日のイラストを進化させるべく、画像データ数を増やすと、こんな風にでけたで~!!!
木に止まっているオス鳥にキスするかに見せかけて、りんごを狙う、魔性のメス鳥、名づけて「鬼鳥」をイメージしました~!
・・・
はよ、ライン川クルーズの続きを書こう。
2009年05月14日
出来た~!

ああ~。
突然だすが、私がいつも遊びに行っている(もう5年くらい?)とっても素敵なブログがある。
そこでは、ブログオーナーさんの大切なワンコ2匹が、写真画像でいつも可愛らしく登場するのだが、そのワンコの画像は、時々耳が動いたり、体が微妙に動いたりする様に作られてあり、それがとっても可愛い。先日、あまりに可愛いので、「どうやって作るのですか?」と、ブログのコメント欄を利用して聞いてみたら、親切に使用するソフトを教えて下さった。
それでその方が、「ミナックさんのブログの場合、イラストを動かしてみると面白いと思いますよ」と、私が思いも付かなかったアドバイスを下さったので、試しにやってみると、「で、で、でけた~!!動く、動くよ、イラストがっ!!・・・」
あぁ、すっごく感動して、すっごく嬉しい。
この歳になっても、何か出来る事がひとつでも増えると嬉しいものだ。
という訳で、突然ながら以前ブログにアップしたイラストで作ったテスト版をアップしてみた。
うふふ。鳥が本当に飛んできたみたいで、可愛いくない?(と、自画自賛)。わが家の朝はいつもこんな感じで、キーキーとヒヨドリや雀が庭の木に遊びに来るが、彼らの鳴き声をほんの少し耳にするだけでも、「あぁ、今日も頑張ろう」なんて思えるから、人間ってほんと、単純だ。
「ボニママさん、本当に本当に、どうもありがとうございました~!!」
2009年04月22日
歌う猫
私は、もっぱら浴室読書派私の母は、私が結婚をした昨年秋以降、すこぶる機嫌が良い。
たぶん、本当は今くらいのテンションが以前の母だったとは思うが、私が独身のまま高齢化していくにつれ、だんだんと機嫌が悪くなり、実家ではいつの頃か、ドヨ~ンとした空気が流れていたので、その落差から「機嫌が良い」と感じるのだろう。
ドヨ~ンとしていた頃は、ちょっとしたことで父と口論になったりして、そうすると父はひとり暮らしをしている私に電話を寄こし、「お前が結婚しないから、お母さんと喧嘩になるんだ!」と、喧嘩の原因は自らが作ったくせに、何故か怒りの矛先は私に向けられ、「何だかな~」という思いを何度もした。(涙)
まぁ、腑に落ちないことも多々あるが、それも全て過去のことだと思い、機嫌が悪いよりは機嫌が良い方がそりゃ私も気分がいいので、「良かった、良かった」と、思っている次第。
で、その機嫌が良い母は、時々風呂に入りながら歌を歌うらしい。
美空ひばりの「あい、さんさんとぉ~」で始まる『愛燦々』やら、懐かしのメロディー、「せっとは~、ひぐれて~」の『瀬戸の花嫁』など、レパートリーは少ないが、浴室のエコーを利用して自らの声を響かせ、死語だがどうやらルンルンで、歌っているらしい。
すると、その声を聞きつけ、必ず猫の花がそれまで寝ていたソファの上や、こたつ布団の脇からムクリと起き出し、風呂場の扉を片手(=片足)でそ~っと開けて、中へ入って来るそうだ。
中へ入ると浴槽に両手(=両前足)をかけて、自分も一緒に、「ニャ~、ニャ~」と、歌うのだとか。
「え~、猫が『瀬戸の花嫁』を歌うのか?」などとお思いだろうが、何せうちの猫は天才だ。(ここをご覧下され)
もうそのことは、このブログを読んで頂いている方なら誰しもが「あぁ、わかった、わかった。ミナックさん家の花ちゃんは、天才なんでしょ?」と、無理矢理にでも納得頂けると思うが、今回ばかりは天才を上回っているかもしれぬ。
天才の上は何かと考えると・・・ はて。
その上をどう表現するか定かではないが、まぁ、老夫婦の喧嘩を見ずに済み、また機嫌の良さから、ヒラメや鯛をますます奮発してくれる可能性がある母へ愛想を振りまく花さま。お前もしたたかよのぅ~と思いつつ、私は来月に行く「猫の子守」がますます楽しみになってきた。
きっと私も浴室で、『瀬戸の花嫁』を歌うのだろう。
2009年04月13日
我輩はやっぱり、猫である。

やばい。
先日わが家へ茶しばきに来たおば様に、リフォームした部屋を案内していたら、子供英会話レッスンで使うぬいぐるみたちを見られた。
「お子さまはいらっしゃらないわよね?」という彼女の怪訝そうな顔を察知した私は、「実はですね、少々知り合いのお子たちに簡単な英会話なぞを教えることになり、その小道具ですの。オホホホホホ」
と、ぬいぐるみフェチだと思われない様に、先回りして言い訳をしていたら、後日そのおば様から打診があった。
「あのね、もし良かったら、うちの孫にも教えてくれないかしら?」
おば様の娘さんは車で10分程度の所に住み、6歳と8歳の子供がいるのだと言う。
「(げっ)。えーと。えーと。でも本当に素人ですし、もう少し先生らしくなったら、またいずれ・・・」と、お茶を濁したが、会うたび打診されるので、そのうち私はさらにヒラヒラ先生の活動時間を増やすのかもしれぬ。責任重大だと、プレッシャーがのしかかる。さて、困った。
私自身は、小学校6年生の時、近くにホームスティをしていたアメリカ人青年から英会話を習い始めた。中学生になると、近所にアメリカから引越ししてきた牧師一家の元で、さらに勉強したのだけれど、その全員がボランティアだった。
私と友人たちは、毎回牧師さん家で頂く珍しいお菓子や、サンクスギビングやクリスマスに出されるディナーにつられ、せっせと通ったが、アメリカ人青年も牧師さんも、私たちからお金を一銭も取らなかった。一銭も取らなかったけれど、一生懸命に教えてくれた。
その時の恩返しを30年近くたって、今、子供たちに出来ればいいなと思っているのだが、こちとら何せネイティブではない。大切な教育にいい加減なことも出来まい。
と、ネバダ州に住むホストシスターに相談すると、彼女は丁度私が英語を教えている女の子たちと同年代の男の子2人を育てている。「それなら、うちの子たちに日本の女の子たちへ宛てた手紙を書かせるから、それを使ってレッスンしてあげて」と、助け舟を出してくれた。
Oh, dear. Thanks !
ホッとした私は、これ幸いにと、庭で休憩のため夏目漱石氏著の、『我輩は猫である』を、ククククと声を立てて笑いながら読んでいると、隣からは三味線の音が聞こえてきた。どうやら隣人は、三味線で生計をたてているらしい。
今まで、「英会話が・・・、Dabbyが、Clastyが・・・」等と、気分的に外国へ行っていた私は、一気に明治の日本に引き戻され、「ふむふむ。ご一新(=明治維新)の後の世は・・・」などと、時代錯誤な思考に入れ替わり、一体私は何をしているのか?と、自分へ思い切り突っ込みを入れた。
やっぱりおば様に「では、やらせて頂きます」と、言うべきか?
英会話を教えてくれた牧師さんや、その後通ったキリスト教の学校でも、確かこう教えられた。「求められん方へ向かいなさい」と。(涙)
でも小説の中で、猫の飼い主である苦沙弥(くしゃみ)先生は、柳のごとく何も決めずに、その日その日をやり過ごしている。ふむ。やはりこの態度の方が私にはしっくりとするようなので、しばらくは保留させて頂こうとも、私はつい、思うのである。
2009年04月13日
ミツバチ様

今朝のニュースで日本中、いやいや世界中でミツバチが不足しているのだと言っていた。
ミツバチが不足すると、受粉が出来ないから農作物に影響するらしい。不作につながれば、野菜や果物の価格が上がり、私たちの生活に影響する。
都道府県の中で、どの県のミツバチが不足しているかもデータとしてあがっていて、かろうじて愛知県は大丈夫なよう。こういうのってどうやって調べるのか知らん?まさか1匹1匹数えられないだろうと、首をかしげる。
わが家の庭に植えたラベンダーには、毎日のようにミツバチが遊びに(いや、仕事しに?)来るけれど、彼らも実は貴重な働き手だったのね~と、これまで「私を刺さないでっ」と睨んでいたミツバチ様たちに、今日は温かい眼差しを送ってあげようと思う。
週末にピクニックをした「愛地球博記念公園」では、日立製作所の「この木何の木、気になる木」みたいな木の下にゴザを敷いて昼寝をしたが、その木には何かの鳥が巣を作っていて、そしてセミの抜け殻が葉っぱにくっついていた。
人間だけの手前勝手でどんどん地球を切り貼りしている現状が、ミツバチの減少を招いているのだろうか?と、ちょっと罪悪感。
鳥が巣を作り、セミが抜け殻を残していくような安全な環境を増やさないと、いずれしっぺ返しが必ずやって来ると思う。
世界に先駆けて産業革命を成し遂げた英国は、その後世界で一番汚染が早くやってきて、それが「The National Trust」運動へと結びついたと聞く。今、ワーズワースが詩を創作し、ピーターラピットが生まれた湖水地方(Lake district)は、目をみはる程美しく、でもそれは人間の意思と努力によって守られている自然だ。
国にも「年齢」があるとすれば、高度経済成長を終え、不況とは言えそれなりに経済が成熟した日本も、美しい里山や小川を元の姿に戻す努力を皆がするべき熟年に、たぶん入っているのだと思う。
・・・
それにしても。
わが家を毎日訪れるミツバチ様たちは、うちのラベンダーで蜜を奪った後、どちらでそれを精製されているのかと、非常に気になるわん。後をつけて行けるものなら、是非行ってみたい。(笑)
■愛地球博記念公園
└http://www.pref.aichi.jp/koen/AI_CHIKYU/ai-top.htm
■The National Trust
└http://www.nationaltrust.org.uk/main/
2009年04月10日
スヌーピー

アメリカの偉大な漫画家、チャールズ・シュルツさんは、スヌーピーの産みの親で有名だ。
私も幼少の頃はあの黒い耳と白い体のぬいぐるみやグッズを集めることに心酔し、あんな犬が自分のそばにいたら毎日どんなに楽しいだろう・・・などと想像した。
一方で、吉本の『あっちこっち丁稚』に登場する、伝次郎という犬にも憧れ、少女の頭の中は危うく占領軍の思惑通り、アメリカナイズドされそうになりながら、やっぱり「なにわ力」には敵わず・・・といった風に幼少期を過ごした。
ライフスタイル、食べ物、洋服、映画やテレビ番組にまでアメリカ旋風が吹き、戦争に負け、自信を無くした日本人が、何でもかんでも「アメリカ、アメリカ」といった風潮の中にいながらも、完全に染まらず過ごせたのは、この偉大なる「なにわ力」のお蔭だったと、思っている。(笑)
それは、スヌーピーのぬいぐるみはすでに和歌山県の淡嶋神社で人形供養してもらったのにもかかわらず、伝次郎のぬいぐるみは手放しきれず、実家で保管された後、子供英会話レッスンのため先日、ここ名古屋にまでやってきた事を考えれば、明白だ。世界のスヌーピーが、なにわの伝次郎に負けたのだ。
余談はさておき。
伝次郎に負けたスヌーピーだが、私はスヌーピーの作者にはやっぱり心酔している。
彼は『ピーナッツ』というスヌーピーが登場する漫画で大成功をおさめるのだが、その成功におぼれる事なく、何十年も同じ家で過ごし、何十年も同じタイムスケジュールで、淡々と漫画を描き続けたそうだ。毎朝、同じ時間に起きて、散歩に出かけ、そして近所の食堂で朝食をとる生活。
きっと、名声を得るよりも何よりも、漫画が大好きで、描く事がそのままこの方の生活の中で当たり前のように染み込んでいたのだろう。
有名な話だが、彼は亡くなる2ヶ月前まで漫画を描き、そして亡くなられた翌日にはちゃんと、『ピーナッツ』の最終回が新聞に掲載されたそうだ。
なんと言う見事な引き際。
自分の仕事が貨幣獲得に直結するのは、もちろん嬉しい。でも、それを求めすぎると、心のバランスを失ったり、お金におぼれて、せっかくの才能を枯渇させてしまうアーティストや芸能人も多数いるように思う。
そんな中、スヌーピーの産みの親は、自分の中で、「これ以上はひろげない」という線をひいていたのではないか?なんて、庭でブランチを食べながら、私は今日、ふと考えた。
テーブルには、ロールパンとジャムの瓶がふたつ。ひとつは、先日叔父が届けてくれた、叔母が作ったマーマレード。そしてもうひとつは、夫の母から時を同じくして届いた、手製のいちごジャム。
こういうものを丁寧に作り、慎ましやかな生活をしてきた日本人は、チャールズ・シュルツさんと相通ずるものがあるのだと思う。全てのアメリカ人がお金にまみれた生活をしている訳でもなく、そして今や全ての日本人が慎ましやかな生活をしている訳でもない。
そばでは、「ホーホケキョゥッ」と歌うウグイスの鳴き声が聞こえ、名古屋市内にこんな鳥がいるなんて・・・と驚きながら、私は少し冷えたロールパンをかじって、濃くいれたコーヒーをすすり、そしていつもながらの中日新聞に目を通した。
2009年04月09日
棚からボタモチ

県人会で茶しばきをしていると、また誰かから電話が入る。
「もしも良かったら、今夜、ご飯を食べに来ない?」これまた近所に住む同年代のご夫婦で、「お刺身買いすぎちゃったから、2人で食べきれないし」との事。
有り難い。夫の夕食はいらないし、私自身のものは茶しばきが長引いていた事もあり、まだ何も作っていない。
ふたつ返事で行く旨を伝え、3軒隣のおば様が帰られた後、急いで洗濯物を取り入れる。さらに、この来客から頂いた鉢植えを飾り、もひとつ頂いた手製のきゃらぶきを冷蔵庫にしまい、洗い物を済ませ、家中のカーテンを閉めていたら、電話が鳴った。京都に住む友へ、先日ちょっと私から質問していた事の回答を知らせる内容に違いない。
何だか電話が多い日だなぁと思いつつ彼女と話をし、それからようやくご近所さん家へ向かった。
名古屋で生まれ育ったこのご夫婦とは町内会のちょっとした寄り合いで知り合ったのだが、とても気さくな2人なので、かなり話しやすい。
「大阪の人から見ると、名古屋人はわかりにくいでしょ?さらに、突っ込みが足らないでしょ?」彼らはそう言うが、たまたまこちらで知り合った同年代の人々は大阪人を上回る陽気な人が多いので、あまりそんな風には感じない旨伝えながら、わが家では滅多に食卓に並ばない甘エビや、ハマチのぷりっとしたお造りをせっせと口に運ぶ。
さらに、わが家では第3のビールしか買わないが、ここでは「アサヒ・スーパードライ」がどんどん出される。あ~、豊かな人にお呼ばれされて、シアワセだと言いながら、床から私を見上げている、このお宅のダックスフンドをナデナデした。
「5kgくらい?」私がそう問うと、「えっ?凄い。ズバリです」と言うので、「実家ではかつて、30kgの犬を飼っていたし、今は4.5kgの猫を飼っているので、犬猫なら見ただけでだいたいその重さがわかるのですよ~」私がそう言うと、「ナルホドね」と、感心された。
そうだ。私、赤子と接する機会が殆どないから、実はその辺りにたむろする彼らを見ても、その子が1歳なのか2歳なのか、はたまた3歳なのか見当もつかず、ましてや重さなどは更にわからない。ところが、犬猫は見るだけで、だいたいの重さや年齢もわかるので、隣人が飼う柴犬の歳を言い当てた時は、芸術家風の飼い主を唸らせた。
これが、経験値の違いというものか?
なんて性懲りもなくまた甘エビを舌に乗せながら、そんな話して、「犬猫は好きだけれど、我が家は留守が多いから飼えないと思う」と洩らすと、「あら、留守の時はうちが預かってあげるわよ。私たちは実家も近いから、いざとなればそちらもあるし。飼う気があるなら、近々友達の家でプードルの仔犬が生まれるので、それをもらってあげようか?しかもタダ!」なんて凄い提案をされるではないか。
え~、プードル?あのフワフワのテディベアみたいな、あの子が近々生まれて、しかもタダ?え~?え~?かなり心はぐらつぐが、ぐらつきながらも、またハマチを食べる。
「全く、世の中にはびっくりするようなボタモチが棚から落ちてくる事もあるもんだなぁ」と思いつつ、ひとまず即答は避けて、そこを辞す。
喜び勇んでこの事を夫に伝えようと、その晩、別の場所にいる彼にメールをすると、奴はすでに超・熟睡しているようで、返信がない。
仕方がない。冷静になりながら私は布団にもぐりこみ、「うーむ。やっぱり、ボタモチと言うのは、棚に置いてあるからこそ美味しそうに見えるのであり、それを実際口にするとどうなるのか?」等とブツブツ言いながら考えていると、春の夜風と多少入ったアルコールに誘われて、いつの間にか眠りの大きな波に飲み込まれていった。
2009年03月26日
動物がやって来る
6歳の時クリスマスプレゼントでもらった親子犬もやって来る
英会話レッスンのために、小道具を用意しようと考えた。
先日、関西から学生時代の友人たちが4人遊びに来たが、彼女たちに言わせると、「テキストブック作りとかに凝って、絶対あんた、夜なべすんで~」らしい。・・・さすが、私の性格を熟知しておられる輩だ。
しかしながら、まずは小道具集めが先だ。
という事で、私は実家の母へ電話をし、「押入れにしまってあるヌイグルミを送ってくれへん?」と、お願いした。小さな頃から親しんだ動物のヌイグルミたちは厳選され、私が使っていた部屋の押入れに保管してある。
では、厳選されなかったヌイグルミや人形たちはどこへ行ったかと言うと。こういった物には「魂」が宿っているのではないかと信じている私は、とうていゴミとして捨てる事は出来ず、ある時車を飛ばして、和歌山県の淡嶋神社まで持っていき、人形供養をしてもらった。そこは毎年お雛祭りの頃に、1年間に寄せられた人形の供養をしてくれる事で有名な神社だ。
そんなこんなで、もうすぐわが家には、トラ、サル、猫、クマ(2頭)、ペンギン、犬(3匹)がやってくる予定だが、そうすると当家には現在23匹の動物(=陶器や木などの置物や、絵)がいるので、大阪からやってくる仲間達を加えると、合計32匹となる。夫にとっては、さぞかし居心地が悪い家となるであろう。すまぬ。
と言う業務連絡を母としていたら、電話の向こうでは猫の花が、あんたは蛙か?というような声で「グエッ、グエッ」と鳴いていた。
「そんな電話せんと、はよ、えさ持ってこんかい~」もしくは、「なぁ、なぁ、お母さんよ。ちょっと外で遊びたいねんけどな、アタシ」とでも要求しているのだろう。
私が電話口に向かって、「は~なちゃん、は~なちゃん」と呼びかけると、当のお花様は、受話器の中に私がいるとでも思ったらしく、フンフンと鼻を鳴らしながら、電話の匂いを嗅いだらしい。やはりあんたは女王様だと言っても、猫から脱する事は出来ぬであろう・・・
という流れで、ピンクのヒラヒラ先生は今日、ジーンズと黄緑のフードつきセーターという愛想のない格好で、ピンクとは程遠いスタイルをしているが、こう見えても心の中は結構ピンク色になっている様である。
うっしっし。
■淡嶋神社
└http://www.kada.jp/awashima/
2009年03月17日
ドラゴン

ドラゴンは、蛇が神格化されたものらしい
毎週のように行くホームセンターのペット屋さんで、子犬や子猫を見るのが楽しみだ。
「飼いたいなぁ」本当はそう思っているけれど、留守が多いわが家にペットはたぶん向かない。「ペットホテルへ預ければいいんじゃない?」人は言うけれど、あれはどうにも犬猫が気の毒で、極力避けたいなと思っている。
と言う事で、店先でついでに鳥なぞも合わせ眺めるだけで満足し、また翌週覗きに行く。
すると、先週いたはずの柴犬がすでに売れていたりして、勝手に名前までつけて勝手に可愛がっていた犬がいなくなったショックにしばしア然とする。しかし柴犬よ。私の満足のため、犬舎に居残るなぞ馬鹿げた事をせず、愛情溢れる家族の元へとっとと身売りしたのは誠に賢明だ。
さらに横を見ると、プードル犬の犬舎には「商談中」の札が掛かっている。「犬は物件かい!」と、心の中で突っ込みをして、また帰る。きっと、翌週も同じ場所へ行くのだろう。
「でも、あの柴犬は、確かに美犬であった」
そう思いながら冷静にわが家を見わたすと、ここは動物園かと思うほどに、獣がわんさかいる事に気付く。
まず玄関。そこにはスウェーデンの陶芸家、リサ・ラーソンさんのプードルとライオン人形。
リビングルームにあるテレビの棚には、再びリサ・ラーソンさんのブルドッグ人形。その横には、結婚祝いで頂いた、エルメスのお皿が飾ってあり、中には3羽の鳥が描かれている。さらにその横に亀の置物があって、その隣にはフィンランド人のTarja Rintaさん作の、ネズミ人形が鎮座している。
CDを入れてある棚には、友が描いた花(=実家で飼う猫)を描いた絵が、そして夫がアジアのどこかで買ってきたドラゴン人形が2匹に、亀人形が1匹いる。
キッチンでは、イラストレーター・小渕暁子さんの鳥の絵が描かれたカップに花を挿している。冷蔵庫には絵葉書が貼ってあり、その写真にはターシャ・テューダーさんと一緒に猫が写っている。さらに同じ冷蔵庫には、小渕暁子さんが描いた犬の絵の原画。もひとつオマケに、棚には小渕暁子さんが描いた猫がプリントされたバッグが、しつこく掛かっている。
トイレへ移動すると、そこにはまた小渕暁子さんが描いたラブラドール犬の絵があり、その前には那智黒石で出来た招き猫が置かれてある。
2階へ移動しよう。
階段の途中には、アメリカのサンノゼ(カリフォルニア州)で買ってきた、メキシカンアートの豚人形。
仕事場に置いた本棚には、サイとラクダの人形、そして自らが描いたカエルの絵がうやうやしく掲げられている。
客間へ行くと、そこにはまた、小渕暁子さんが描いたブルドッグの原画が白い壁に掛かっている。私はよほど、この人のファンなのだろうと思われるだろうが、その通りである。
ここでざっと数えてみると、私はなんと、23匹もの動物たちと同居している事に気付いた。
こんなに沢山の動物に囲まれているのなら、犬や猫は飼わずとも、まぁ良しとしよう。
などと考えていたら、ひとつ疑問が湧いた。
果たして、ドラゴンは、動物としてカウントして良いものだろうか?ネットで調べると、これは伝説の動物だとの事で、「本当に誰か見た人がいるのか?」と、甚だ疑問だが、枯れ木も山の賑わいとして、我が動物園の民として、一応住民登録をしておこう。ここは中日ドラゴンズのお膝元だし。
ちなみに私は、阪神タイガースのファンである。
さらにちなみに、「枯れ木も山の賑わい」とは、「つまらないものでも、ないよりはましであることのたとえ」らしい。
しつこい様だが、私は阪神タイガースのファンである。
・・・
きゃ~、袋叩きにあう~?
2009年03月10日
サルの王国

旅行好きな両親に育てられたので、私は幼少の頃、日本各地を巡る旅に恵まれた。
中でも、一番印象に残るのが、大分県にある、高崎山自然公園。かの地を旅した時、どうやら私は8歳だったので、西暦で換算すると、1976年だったのではないかと思う。
当時私たちは、大阪南港から鹿児島県への航路が就航したばかりの「さんふらわぁ」というフェリーに乗って、九州へ向かった。
真夏の九州は太陽が燦々と降り注ぎ、南国とはこのような地を呼ぶのかと、感心した。同じ船に乗せて持って来た父の車で、通称・洗濯岩と呼ばれる宮崎県の日南海岸へ向かったり、温泉めぐりをするため別府へ行ったりして、初めての九州を堪能した。
そして、印象深い高崎山へ向かう道が、ひどく渋滞したのを覚えている。
「わ~、すごい!大阪ナンバーの車がある」
ちっとも動かない車よりも早く進む徒歩の人々が、私たちの車を指差して驚きの声をあげた。
私は心の中で、「そうやで。遠路はるばる大阪からやってきてんで、私ら。すごいやろ」と、単に遠くからやってきただけなのに、「すごい!」と言われただけで、得意になっていた。全く、調子に乗りやすい性格は、この頃形成されたのだろうと推測できる。
渋滞を潜り抜け、ようやく到着した高崎山は、大小様々なサルがうじゃうじゃと群がり、彼らは完全に人間より立場が上だった。
人を恐がるどころか、手を差し出し、「はい、えさ」と、要求すらしていたのだ。
その「はい、えさ」に応えられない私には、「けっ。この役立たずめが」みたいに睨みを効かせたサルが横を通り過ぎて行き、私は自分の無能さに打ちひしがれた。「あぁ、『サルの惑星』という映画では、サルが人間を征服していたけれど、あれはあながち嘘ではないかもしれぬ。この高崎山を中心に、そのうち日本全国にサルの王国は本当に広がるやもしれん」と、真夏の太陽の下で、ブルブルと身震いした。
そんなサル王国に思いを馳せ、どんよりした暗い気持ちになっている私の様子には全く気付かぬ両親は、私たち兄妹を連れて一通り山を巡った後、土産物屋に入って行った。そこで私は、前足の布地にクリップが入っている、サルの人形と運命的な出会いをした。オーストラリアでは同じ仕組みで作られたコアラの人形が沢山売られているようだが、そのクリップ人形のサルバージョンを、目ざとく見つけたのである。
人形を一目見るなり、私は先ほどまでサルに征服される妄想で暗い気分に陥っていた事など瞬く間に忘れ、ぱっと気分が華やいだ。
「これ買ってぇぇぇぇぇ。こんりんざい、お母さんの言う事は何でも聞くし、勉強もするし、お兄ちゃんを蹴ったりしぃひんし」
つまり、サル人形を買ってくれなければ、お母さんの言う事は聞かず、勉強もせず、兄を蹴りまくるという事だ。北朝鮮並の、瀬戸際外交である。
そして手に入れた、サルのクリップ人形。
「あぁ、可愛いぃぃぃぃ~。クリップ部分で、どこにでも挟めるから、服につけたり、バッグにつけたり、そうだ!髪の毛にもつけられるかもしれへん」
買ってもらった人形の入った袋をブラブラさせながら、今後どのようにこのサルと明るい人生を歩んで行こうかとワクワクしながら歩いていた、無邪気なよわい8つの少女。
ところが、幸せな想像は突然終焉を迎える。
不意に誰かが、その袋を引っ張ったのだ。
「へっ?」
と思った時には、私の手から袋はなくなり、5mほど先にいるサルの手中にあった。
突然の出来事に体が動かない私に代わり、サル人形が手に入らなければ蹴りまくられる予定であった兄が「コラ~、返せぇ~!!」と、果敢にサルに向かって行き、「フン、人形か。そんなものより、食べ物よこせ」と図々しくキーキー鳴いている敵からその袋を奪い返してくれた。
あぁ、勇敢なる兄よ、かたじけない。
・・・
しかし、サル軍団のサルに食べ物だと間違われて一度は噛まれ、舐められたサル人形は、無残にも頭が半分もげた状態で、ガクンと首を前にしなだれ、「ご愁傷さまでした」と、言っているかの如くであった。
「接着剤で止めたらええやん」
そう父は笑いながら気にもせず、私の手を引いて山を下りて行ったが、私がこの事件を境に、やはりいつか私たち人間はサルに征服されるのではないかという危機感を常に胸に抱きながら、よわい40まで生きている。
ついでに付け加えておくが、私は申年生まれである。
■高崎山自然公園
└http://www.takasakiyama.jp/top.html


