2010年03月01日
ムーミン谷の、ミナックさん

買い物帰りに、本屋でムーミンの生みの親である、トーベ・ヤンソンさんの本を立ち読みした。
すると、彼女が国際アンデルセン賞を受賞された時のスピーチが日本語に翻訳されたページに行き着き、私は最近、色々考えていた事がストンと腑に落ちた。
この方が語ったところによると、児童文学が決してしてはいけない事は、主人公を死なせる事。そして逆に、するべきは「希望」を残す終わり方をする事というような、内容だった。
私が時々のぞかせてもらっているイタリア在住の男性のブログで最近、『ブタがいた教室』という映画の基となった大阪の教師の行為(=食べ物の大切さを子どもに教えるために食用としてクラスでブタを飼い始め、1年後にそれを皆で食べるという教育)の賛否両論が交わされていて、私も微力ながらそこへ参加した。
食べ物を大切にする心を学ばせる重要性はわかる。最近のテレビ番組でも世間を見渡しても、あまりに食べ物を粗末にしている光景を目の当たりにする。
でも、私は絶対にそんな先生の下で授業を受けたくは、ない。
それはどうしてだろうか・・・?と、ブログ内での意見交換を眺めているうちに、私はそのブログの主の言葉に反応した。
「だって、その教育に愛を感じられない」
そうだ。
確かに私もブタを食べる。でも、名前までつけて飼い続けたブタはもうペットであり、それを食べるなんて、そこに希望を感じられない。養豚業を学ぶ大人ならいざ知らず、12歳以下の子どもにそこまで理屈を押し付ける教育が、本当の教育だろうか?と、理屈や論理や数値などの頭でっかちな考え方に毒された大人を感じた。
ちょうどそんな時に、ムーミンを描き続けたトーベ・ヤンソンさんの言葉に出会った。
児童文学の中でまずするべきは、人間世界の現実という理屈を教える前に、愛や希望という、数値では決して出せないものを、感覚的に子どもへ与えることではないのか?と、提案していた。
いずれ人も動物も死ぬし、現実は夢とは違いドロドロとした汚いことだらけだ。
でも、そんな中にも「希望」という、心の中から湧き出るムーミンのような妖精がいない限り、辛いことが沢山待ち受けている人生を何十年も送ることなんて出来ない。
その「希望」の描き方を身につけさせるのが、12歳以下の教育であり、児童文学の果たす役割でもあると実感し、私自身も希望が湧いた。
ところで、自分が描く絵とは自身の投影だと良く言われるが、ムーミン谷に住むキャラクターの中で、トーベさんは一体誰だろう?と考えると。
それは、やっぱり元々政治風刺の挿絵をしていたという彼女なので、リトルミィなのではないか?なんて考えた。そして、トーベさんが抱き続けた「希望」が、ムーミンという存在。
世界が大変な大戦を続けていた頃に生きた人だ。きっと「希望」なくしては生きられなかったに違いない。
それで、私はと言えば・・・。
平和な時代に生まれた平和ボケした人間なので、その同じミィを描いても、やっぱりいつものあの顔になってしまうのは、もう致し方ないのかしらん?
2010年02月12日
A社の吸引力

最近、世間の狭さを実感させられることが起こった。
昨年の初夏、私はとある会社の子ども英会話講師の研修を受けた。そこを仮にA社としよう。
すると、研修の日々のある日、そこの会社に勤めるある女性社員の方が私の担当になった。この方を仮に「!(ビックリ)」さんと名づける。
この方とは、たったの数時間しか一緒に過ごしていないが、何だか私は勝手に「気が合う感じがする」と思い、とても印象に残った。
その翌日、京都で会社員時代の友たちと会った。私たちが勤めていた会社を便宜上B社としますわ。
そこで、すでに会社を辞め、現在は首都圏で暮らしながら子育てに専念している元同期の友と近況報告をしあう中で、「今、子ども英会話講師の研修を受けている」という話をした。
この友はもともとD校という大学でESSクラブに所属していたり、会社を退職した後は保母さんの資格をとったりしていたが、現在は何かをしたいと思いつつも何をして良いやら・・・という状況だったので、私の話にとても興味を持った。自分が面白みを感じる分野を一気につなげられる仕事に思えたのだろう。
彼女は別れ際に、D校時代の友人でA社に勤務している人がいるから、「色々聞いてみよ~」と言って、楽しげに帰って行った。
すると後日、A社の人から連絡があり、どうも「当社の!の、学生時代の友人とミナックさんの会社員時代の友人が同じではないか?という話が聞こえてきているんですけど」という内容。
「へっ?それ誰だ?」
と考えた後、私はピーンと来て、京都で会ったその友へ連絡すると、果たしてやはりそうだった。
A社の!さんは、私のB社時代の友の、学生時代の友(ややこし~)だと判明。
「世の中狭いよね~」と思っていたら、この話はここで終わらなかった。
私が卒業したC大学には中高部があり、最近になってA社の!さんは、ここを卒業していることが判明したのだ。
つまり!さんはC大学の中高部で学んだ後、D校へ進み、その後A社に勤務したということになる。
私と!さんは同学年なので、そう考えると私が大学で仲良くしていた中高部から上がってきた人たちと、!さんは同級生のはずであり、あっという間に共通の友達が増えることがわかった。
「ひゃ~。世の中もっと狭い」
と実感した出来事だったが、この話にはさらに結末があって、私がB社で苦楽を共にした!さんの友人でもある友はその後、私と同様にA社で研修を受け、子どもへ英会話を教えることが出来るようになった。
そこで、結論。
私たち3人の縁を基礎支えしているのは、明らかにA社ということになり、B社に勤務していた私と友はいつのまにかA社へ吸収合併されたような不思議な状態となり、つまりA社には私たちを引き付ける、何か特別なオーラでもあるのではないか?という笑い話となったのである。
あ~、ややこしかったけど、書き終えられてホッとした。
えっ?あまりにややこしくて、わけわからんって?そうやんなぁ。ま、とにかく「人類皆兄弟」ってことちゃうのん?(えらい簡単にまとまったなぁ)
2010年01月30日
犬のパン屋の、続きの続き

冊子やカタログを作る時、裏ページの表側を「表4」(ひょうよん)と呼ぶ。
ちなみに、表1は表表紙で、表2は表1を開いた裏側。さらに、表4の内側は表3。
会社員時代は、製品カタログやマニュアル、さらには広報誌制作を担当していたので、こういう印刷用語というか、業界用語というか、そういうものには詳しかった。
しかし、このブログを書く前、一瞬「はて?裏表紙とは、表2だったけか?表4だったっけか?」などと、一瞬首をひねった自分を省みると、不必要な記憶はどんどん闇の彼方へ葬られると思われる。(涙)
そんな、わが老化現象の話はもういいか。
とにかく、最近ずっと取り組んでいる「犬のパン屋物語」の「表4」が先日完成し、友人にやっと綴じた絵本を、カレーきしめん付きで送る事が出来た。
「へっへ~ん。やればアタシも、まだできるじゃん」
ホッとしてダラダラとあぐらをかいていたら、私はハタと気付いた。
な、な、なんと。
1ロールのパンを買うサル、2ロールのパンを買うブタ・・・と続いていく動物たちの過程で、8ロールを買うはずのハチが、何故か9匹もいるのだ。
絶句したまま何度も数えてみたが、どのハチから数えても9匹いる。
ガ~ンッ ガ~ンッ ガ~ンッ
そんな失敗、あり得ない。
何で私は、数くらい数えられないのか?と、頭を思い切り殴りつけた後、友の携帯に宛ててメールした。
「大変申し訳ございませんが、どうやらハチが9匹います。差し替え分を追ってお送りいたしますので、少々お待ちください」
東京出張からの新幹線の中ででもこのメールを受け取ったのだろう。よくわからぬ私の説明に、仕事疲れで友の頭もおかしくなっていのたか?「承知いたしました」と、神妙な返信が。
あぁ、この差し替え作業。仕事じゃなくて、本当に良かったよ。これが会社の仕事で何万部も刷った後のカタログとかなら、始末書ものだ。
それにしても、何故順番に描いていたはずの動物の数を、間違えたのだろう。
現在読んでいる、フロイトさんの『精神分析入門』によれば、これは明らかに「錯誤行為」であり、私の無意識の本音では、「とっとと、この作業を終えてしまいたいもんだ」と感じ、「早く、早く」と思いすぎて、8匹であるはずのハチを、9匹描いてしまったに違いない。
結局、対処方法として、フォトショップ及びイラストレーター上で画像を操作し、ハチ1匹は幕の外へ飛んでいってもらった。
しかし、これがまたおかしなもんで、無事に8匹で収まった絵を印刷しようとしたら、紙のストックが切れている。
物事がスルスルと流れない時は、こんなもんだと諦めて、わが友も気長に私からの封書を待たれたし。
■『How many rolls will you buy ?』 : written and illustrated by minak
└http://aream2.buzzlog.jp/e136883.html
↑すでに、ハチの数は修正済み。
2010年01月19日
How many sushi will you take ?

「美人は3日で飽きる」とは、「いくら美味しいものでも、そればかり食べ続けると飽きてしまう」という、たとえ話でありまして・・・。
パン好きな私でも、来る日も来る日もパンばかりを描いていると、いい加減嫌になる。
出来上がりは1枚だけだが、そこに至るまでには何枚も何枚も同じものを描き続け、「これはっ」と、自分なりに納得した線が出せたと思ったら、色塗りに失敗をしたり、つまみ食いした干し柿のカスをつけてしまったりと、なかなかどうして、完成品を仕上げるのには、神経労力共にかなり使い果たす。
そんな時は一時、作業から離れて「ラクチン~」と思えることをするに限りますな。
そこで私が考えた、『犬のパン屋物語』のパロディー。
題してそれは!『猫の寿司屋物語』でございます。
寿司職人の、花次郎は、来る日も来る日も失敗作の寿司を握り続ける。
「ええいっ。また今回も失敗だ。こんな寿司、いくらでもくれてやるっ」とばかりに、どんどん集まるご近所さんたちへ、寿司を振る舞い続けます。
「このシャリは、ゆるすぎる」
「このハマチは活きが悪くて、いけねぇ」
「このタイの色艶の悪いこと。こんなもん、魚じゃねぇ」
花次郎は、自分のお眼鏡にかなう究極の寿司を求めて、握るそばから失敗作をサルやイヌ、ブタやウシへ与え続けます。
ところがやっと、「おお、これだ、これだ。アッシが求めていたヒラメとシャリはっ!!!」と、完璧な寿司を握れたため、周囲の皆に声をかけようと店の外を見渡すと・・・。
そこには、花次郎が握る失敗作を何百個も食べ続け、これ以上はもう、米粒1つも入らぬほどの腹を抱え、グーグー眠る動物たちが、そこらじゅうに横たわっていたのであった。
で、「あんたなら、寿司何個いる?」っていうお話です。
チャンチャン。
あ~、スッキリした。
【注】握りの場合、正確には、ひとつを"a piece of sushi" と言うのでしょうかね?ま、いっか。
2010年01月18日
犬のパン屋の、その続き

土曜の夜、私は突如として謎の腰痛に見舞われ、七転八倒した。
「これは、腸ねん転か?胆石か?」と腰を押えつつ思ったが、どうも様子が違う。
「それでは、盲腸か?ヘルニアか?」と考えたが、それも違うような気がする。
とにかく、右腰のある一点だけが、異常に痛いのだ。
熱を計ると、38度近くある。平熱が低い方なので、これはかなりしんどい。
「う~う~う~」
と悶える私を見て、夫は初め、あきれていた。
そりゃそうだ。少し前までゴキゲンで湯豆腐なんかを食べ、ゴクゴクと梅チューハイなぞを呑んでいたのに、その5分後には「腰がっ腰がっ」と騒いでいるのである。
「これは、俺にマッサージをさせ、揉み医者代を浮かせるための、策略だな」とでも思ったのだろうか。どうも、とり合ってくれない。
「風呂に入れ、早く寝ろ」
彼はそう言って、私を風呂場へ押しやった。
しかし、事態はさらにひどくなり、風呂から上がった後の私はほぼ死人状態で、腰をかがめたばーさんのような姿勢で、這いつくばって2階の寝室へとなだれ込んだ。
ところが、その後痛みはさらに激化していき、とうとう私は唸り声を上げ始めた。
大げさなんかではない。本当に唸り声を上げたのだ。
慌てて2階にやってきた夫はたまりかね、「薬を買いに行こうか」と言ってくれたが、生憎時間は22時を回ろうとしている。
仕方がないので、常備してあった風邪薬をひとまず飲む事にした。
風邪薬にも、確か鎮痛効果があるはずだという判断だったが、私の唸り声に恐れおののいた夫は、それでも一応近所のドラッグストアまで脱兎のごとく駆けて行ってくれた。しかし残念ながら、やはり店は閉まっていたようで、寒さのためボロキレのような姿で帰って来た。
ボロキレと化した夫が戻ってきた頃、私の痛みは幸運にも風邪薬で緩和し、その後は泥のような睡眠をむさぼって、翌日、平熱に下がった体で朝を迎えた。
結局、何が原因だったのか全くわからない。
ただひとつ考えられるのは、先週から私は、「犬のパン屋」のことばかりを考え、犬がこぐ自転車を眺めながら、気持ちは彼と同時に自転車を走らせていた。何回も何十回も何百回も。
きっと、これが原因に違いない。
私の腰は、自転車の乗りすぎによる、腰痛だ。それしか、考えられない。(ほんとか?)
そして今日、私は表紙を仕上げ、着々と友へ送る準備を続けている。
それにしても気の毒なのは、小雪舞う夜中に薬を買いに外へ飛び出した夫である。
きっと彼は今頃後悔しているだろう、「気が狂ったヤツと結婚してしまった」と。
結婚式で、私の兄が言った台詞が本当だったと、現在彼はヒシヒシと実感しているだろうと考え、本当にすまないことをしたと思っている。
しかし、一方で。
間もなく犬のパン屋は、無事、開業できるだろう。
2010年01月13日
また、犬のパン屋やでぇ~

叔母バカを自認する友人からメールがあった。
「あんた(=友はおすぎとピーコ風に、私をこう呼ぶ)のブログから、犬のパン屋の話を上手くダウンロードして、超・ラブリーな姪に絵本を贈るわぁ」
彼女の姪っ子ちゃんはまだ2歳?いや、3歳か?
友の妹さんは高校生の時に、私と同じプログラムでアメリカに留学していたので、お母さん自身が元々英語教育にとても興味をもたれている。
家には、叔母バカの友が送った英語グッズも結構あると言う。(笑)
「それなら、ブログからダウンロードしてもレイアウトが上手くいかないだろうから、こちらで原本をプリントアウトして、ちゃんと綴じて送らせて頂きますわん。ついでに、カレーきしめんつけて」
先日からこの友は、ブログ上に「カレーきしめん」の記事を見つけ、微妙に送って欲しそうなメールを寄こす。仕方がない。彼女は、自称・キレンジャー(=カレーマニア)でもあるのだ。大阪にいた頃は、この友に引っ張られ、どれだけカレーを食べに行っただろう。
と、言うことで。
犬のパン屋さんの絵本の中で、まだ私が気になっていた箇所。それはズバリ!、犬が自転車で運んでいる荷台に積まれたパンが、「(テーブル)ロール」というよりは「食パン」や「フランスパン風」であることだった。
きっと、子どもはこういう細かな点に気付き、「どうして?」と言うに違いない。
(話がわからない方は、本当に頭がおかしくなるので、お忘れ下さい)
そこで、私は家事の合間をぬって描き直した。ちょっと読もうと思っていた本を我慢して本日のスケジュールを入れ替え、さらに出来上がったイラストを動画にした。
動画にする時、新たなイタズラを思いついた結果が、上記のイラストである。もっとコマ送りスピードを落としたいが、今まで使っていたソフトとは違うため、不慣れでちょっとまだやり方がわからない。
でも、パンが落っこちていくの、カワユイでしょ~?うっはっは。
さて、こんなことをしている場合ではない。
とっとと夕食作りに取り掛かろう。
■『How many rolls will you buy ?』 : written and illustrated by minak
└http://aream2.buzzlog.jp/e136883.html
2010年01月08日
元・OLぐまの予想

「ミナックさんって知ってる~?」

「えっえっ?」 「・・・(なに、このおばさん)」
謎すぎる。
自分でもいつだったか記憶が定かではないが、どうやら1997年だから今から13年前?に、今はなき新風舎という会社から出した、私のOL絵本。
絵本と言っても、くまをOLに見立てた漫画にチョロチョロと短い文章を足した程度の、構成も今から思えば物足りなく中途半端なもの。これが何と、amazonの中古品として、3,200円で売りに出されている。ちなみに定価は、1,050円。
「えっ?何で?」
私はパソコンの画面を食い入るように見つめた。
確かに本を出した直後は、雑誌や地元新聞にも取り上げられたが、その後私は全然ぱっとしていないし、高値になる理由がわからない。
本を出した当時、一応お話しをした講談社の人からは、「書くだけで生きていくって、相当大変ですよ~」と言われ、20代の私は公園にブルーシートを張って眠る自分を想像して、一目散にその業界から足をあらった。当時はまだ、会社を辞める勇気も自分の腕一本で生きていく自信もなかった。
さらにその頃ちょうど30歳が近づき、ぐっと給料が上がる時期だったので、正直その収入源を手放すのもおしかった。
そこで私は再び会社員として生きていくことを決め、若干いやいや働いた。ところが、それから4年が流れたころ、会社員生活最高の仕事とメンバーに恵まれ、その仕事に邁進した数年間は、毎日が「幸せの繭」に包れていたかのような日々だった。
(これを、私は結婚適齢期を逃がした言い訳にしている。笑)
その「幸せの繭」の日々があったからこそ、もう一度自分が本当に興味がある分野に力を入れようと、ようやく会社を辞める決心ができた。
本を出版してから、実に9年という時間が流れていた。
結局、会社を辞めて私は超売れっ子になった訳でもなく、世の中の殆どの人に認知されるような仕事をしているわけでもない。でも、あの時会社を辞めたのは確かに正解だったと、自分の選択に心の底から満足している。
毎日ブログを書ける幸せ。しかも書いている間は音も何も耳に入らないほど没頭できる幸せ。その代償に、「他にすることが沢山あるのは致し方ないぞ」という思いで、日々を送っている。
おっと。
肝心なことを書き忘れるところだった。その昔の絵本が高値になっている、考えられる理由を最後に予想してみようと思う。
1.私からタダで進呈された人が、あまりに安く売っては、本人に申し訳ないと高値をつけた。
2.倒産した新風舎(しかも拡大路線を走る前の)から出したものなので、プレミアムがついた。
3.価値が全く読めない程の馬鹿げた本なので、適当に値段をつけた。
4.実は、ミナック氏は有名になっている。(それなら何で、こんなに懐寂しいのか~?涙)
■ここが、謎の高値がついているサイトです。
2010年01月06日
ヘビ年ちゃうで

すったもんだしながら作ってみた、英語の絵本。
サル、ブタ、イヌまでは、元からそういう構成で描いていたので1匹1匹違うが、ウシからネズミに至るまでは、1匹描いたものを、イラストレーター上でコピペ、コピペして仕上げたため、全員(全匹?)同じ顔で若干無理があった。
(何のこっちゃ?と思われる方は、頭が痛くなるので考えないで下さい)
しかも、目が開いているネコやミツバチに、目は閉じているがほっぺは赤くないヘビなど、イラストに共通性が欠けているのも気になっていた。
だって、もう何年も前に別々に描いたものをたぐり寄せて作ったのだから仕方がない。
しかし、ずっとずっと気になっていたので、とうとう手を入れてみた。まぁ、これでもまだ完璧ではないが、ひとまずはホッとしている。
ちなみに、私の描く動物や人間はたいてい目を閉じているが、これは眠っているのではなく、頷いている顔だと無理やりご理解下されませ。
「で、何の話しをしているの??」
と、やっぱり首をひねっている方は、アップしなおしたweb絵本↓へ飛んでいってみてね。こっそり、題名まで変わっているのに気付いた方は、素晴らしい!(笑)
(そのうちまた、こっそり色々手直しすると思いますねん)
■『How many rolls will you buy ?』 : written and illustrated by minak
└http://aream2.buzzlog.jp/e136883.html
2009年11月30日
La Province



イラストをポストカードにしたものを置いて下さる店へ、商品を持って行った。
そこは、岐阜県可児郡御嵩町という場所で、中央道の土岐インターチェンジで降り、約15分程度車を走らせた場所にある。
「えっ?こんなところに?えっ?えっ?」という感じで、舗装されていない道をしばし走ると、森の中にひょっこりと、「La Province」という名のケーキ屋が現れる。ポストカードを置いてもらう店は、その店の広大な敷地内にある、「森の庭工房 blossom」という店。
庭の設計や工事、木製家具や雑貨を販売されていて、その中に、わがヘタヘタイラストをお恥ずかしながら仲間入りさせてもらう事になった。
昨日はちょうど、ケーキ屋の方が東海テレビの日曜昼の、「スタイルプラス」という番組で紹介されたらしく、沢山の人々が来店をしていた。そんな訳で、ポストカードを店主に渡した後は、お茶して帰ろうともくろんでいたのに、ケーキはすでに完売。
やっぱり、テレビの力は凄いものである。
ところで昨日、その店の周りに広がる雑木林も、そして名古屋から乗った中央道脇の山々も、燃えるように紅葉していた。赤や橙や、黄に染まった葉を眺めていると、ふわぁっと気持ちがよくなり、ああいう感覚を、自然と共鳴すると言うのだろうか?なんて。
ケーキ屋の大きな窓に映る、四季折々に変化する自然の木々を眺めながら、毎朝オーナーがその日の分だけ作るというケーキと珈琲に舌鼓を打って、その後、広々とした庭を散歩したくなったら、「森の庭工房 blossom」を訪れ、そしてポストカードもどうぞヨロシクです。
■La Province
└http://www.la-province.com/
2009年11月27日
Humpty Dumpty

子どもに英会話を教えていて思うこと。
それは、言葉に抑揚をもたせ、リズムをつけると、本当にびっくりする位、彼らが発話をしだすということ。
学生時代、マザーグース*のナースリーライム(Nursery Rhymes:童謡)を勉強した時、「何じゃこれ?」と、一切理解できなかった。教えてくれた先生がまた、『巨人の星』に出てくる星一徹のような怖い先生だったので、彼の口から発せられるマザーグースの歌などは、呪いの言葉、もしくは念仏にしか聞こえなかった。
星一徹が言うのである。
Humpty Dumpty sat on a wall
Humpty Dumpty had a great fall.
All the king's horses, And all the king's men,
Couldn't put Humpty together again.
これをまた、星一徹が訳すのである。
ハンプティ・ダンプティが 塀の上
ハンプティ・ダンプティが おっこちた
王様の馬みんなと 王様の家来みんなでも
ハンプティを元に 戻せなかった
19歳の私が「?」となったのもおわかり頂けると思う。(え、わからない?)
ところが今頃になり、この"Rhymes"(韻)を踏む文章というのは、発していてとても綺麗で、覚え易いことに気付いた。日本語訳にしてしまうと、ちっとも綺麗にはならないが、谷川俊太郎さんが書く詩のように、日本語なら日本語の韻を踏む、綺麗な文章が沢山ある。
そして、それは子どもだけではなく、大人の私にとっても覚え易い。きっと、理屈を考えず、リズムにのって発話をするからだと、気付いた。
これも、子どもへ英会話を教えるというチャレンジをしてみてわかった、発見だ。
学生の頃、星一徹から聞かされた「Humpty Dumpy」の音は、ネイティブによるおどろおどろしい朗読の録音だったので、ちっとも「楽しい」イメージはなかったが、You Tube で探すと、こんなものが出てきた。ふたつとも覚え易くて、楽しい。
今は亡き星一徹に、是非ともこれを聞かせてあげたいわん、私。
*マザーグース(Mother Goose)とは:
《がちょうおばさんの意》英国の伝承童謡の総称。ロンドンの出版業者ジョン=ニューベリーが1765年ごろ刊行した「マザー=グースのメロディー」に由来する名称。子守歌・物語歌・早口言葉・ナンセンス歌などを含む。 ~Yahoo辞書より~
■『Humpty Dumpty』(バージョン1)
■『Humpty Dumpty』(バージョン2)
2009年11月26日
How many rolls will you buy ?
Baker John made too many rolls. So, he jumped on his bicycle and sold rolls around the neighborhood.

He came upon monkey Monka, who bought one roll.

After riding for five minutes, he met twin pigs, Canary and Mina, who bought two rolls.

A little while later, he bumped into the dog family, which included father Deffy, mother Clasty, and their son Dabby. They bought three rolls.

Another five minutes later, he met aunt cows. They bought four rolls.

Farther down the road, he encountered the cat sisters. They bought five rolls.

After pedaling some more, he saw the chick cousins. They bought six rolls.

And after pedaling more and more, he saw bear cheer girls. They bought seven rolls.

Next, he saw the bees. They were hungry as they worked hard to gather the honey, so they bought eight rolls.

And then, baker John saw nine snake gentlemen. He was scared a little bit, but they were very tame. They bought nine rolls.

Next, he met ten mice. They were very noisy and told him that they really wanted rolls to go with their tasty cheese. So, they bought ten rolls.

Ok, now, it's your turn. Five minutes later, he met you. How many rolls will you buy?
2009年11月19日
企業理念

先日、このブログを読んでくれている友人から聞かれた。
「ミナックさんがブログの中にアップされているイラストをダウンロードして、子どものハンカチとか手提げ袋にプリントしてもいいですか?」
「ワオ!ありがとう。もちろん、どうぞどうぞ」
そんなオファーは死ぬほど嬉しい。
今回、イラストを販売することにしたお店のオーナーと販売価格を決める時、私が「では、XX円で」と伝えたところ、「えっ!!そんなに安くていいのですか?利益ありませんよ」と言われた。しかし、それでいいのである。
私の目的は、イラストをポストカードにして小金を稼ぐことではなく、出来るだけ「AREA_m」を広げるのが趣旨だ。何ならタダでもいいが、タダだと作業をするモチベーションが下がるので、少しだけ頂くことにしたのである。
ということで、もしも「へっ。それなら、私もあのイラストを、年賀状に使いたい」とか、「パパのパンツにプリントしたい」とか、「店のパンフレットの片隅に・・・」とか、そういう希望がある方は、どうぞどうぞ勝手にダウンロードをして、お使い下さい。解像度が低ければ、連絡もらえれば、さらに上げたものをお送りします。
まぁ、さすがに「いつもつむっている動物の目を開けてみました」だとか、「せっかくだから、花ちゃんの目元にアイシャドウを塗ってみました」だとか、イラストそのものを加工するのはどうかと思うが、(それも、まぁ面白いが)、そのままで良ければ、是非どうぞ。
・・・というより、使ってくれ~!(笑)
そして、もしも誰かから、「いや~ん、そのサル、ブサイクやけど、気になるわん」とか、「なんか遠近法が変だよね」などと、少しでも興味を持つ人が現れたら、すかさずこのブログを紹介くだされ。
えっ?では、万が一ディズニーが勝手に花ちゃんを使ってアニメを作っていたらどうするかって?
うーん、うーん。
まぁ、やっぱりそのディズニーアニメ映画の最後に、このブログのアドレスが載っていたら、それでいいわ~と、何故か上から目線。(笑)
ちなみに、ブログの左上に載せてある「m」ロゴの意味は、右下の●が私の思いで、それが広がっていく・・・という、壮大な意味が込められています。
・・・あんたは、企業理念作成者か~と、ツッコミなしね☆
2009年11月18日
イラスト販売

私がここでお恥ずかしながら披露している、ヘタヘタイラストをポストカードにして、販売することになった。
置いてもらうのは、岐阜(また岐阜かいっ!)の森というか、雑木林の中にある店で、そこのオーナーが「ブタ好き」で、「可愛いブタの絵を探しているが、なかなか出会えない」と言っているのを偶然聞き、「私、ブタ描きますよ」と言って、「じゃぁ、ヨロシク」みたいなノリで、決まった。
ほんとにこんなので、いいんかいな~?と思うが、サンプルを見て頂いた上での了解なので、たぶんいいのだろう。
オーナーによると、石原良純さんが最近テレビ取材に来たとか、これから来るとかどちらかだと言っていた。私はどうもものごとをザクッと聞くというか、ラフに聞くというか、つまりはいい加減なので、どちらかわからぬが、まぁ、そんな感じでテレビクルーが来る程、なかなか有名な店でもあるようだ。
この縁もまた、「人間万事塞翁が馬」だ。
「ブタのイラストが・・・」と言っている時、私は妊娠していたので、話しをしている間も気持ちが悪く、とてもじゃないけれど、こんな時期に、イラストをポストカードにレイアウトする作業なんてできないよ・・・と思っていた。販売はしてもらいたいが、きっと作業は出来ず、ずっとずっと先になって、そしてその縁も切れてしまうんだろうなぁ・・・とも思っていた。
ところが、妊娠はしたが出産は出来なくて、そしてまたブタのイラスト話が復活した。
手術をした後、家で安静にしているだけでは気分が滅入るので、せっせと作業をした後、オーナーに連絡をいれ、話が決まったのだ。
もちろん出産とは比べることは出来ないが、「文章を含む創作活動で生み出したもの」は、私の中では自分の子どもにも等しい。
理想の順番としては、この先再度妊娠をし、例え産休で手が止まったとしても、その間に「創作活動で生み出した子ども」が、勝手に人々の間で歩き出してもらえれば、それはそれで有難い。
まぁ、そんな感じで私は関西人魂の、「タダでは転ばぬ」方式でノロノロと活動してマス。
その岐阜の店情報はまた後日。
2009年11月05日
PIANO MAN(ピアノ・マン)

先日、テレビを観ていたら、ビリー・ジョエルの『ピアノ・マン』が流れた。
途端に、私の記憶は20年さかのぼる。
大学3年生の夏、大阪の天保山にオープンしたばかりの「海遊館」という水族館で、キップ売りのアルバイトを経験した。
ここは当時、大阪市や大阪ガス、三井物産だったか日商岩井だったかなどが共同出資をして作った第3セクター、大阪ウォーターフロント株式会社というところが運営していた。今はどうなっているのだろう?と、webを覗いてみると、会社名は変わっていない。出資者バランスがどうなったかはわからぬが、運営会社が変わっていないことに、少し安堵。
22歳の私はここで、スキー合宿で必要なお金を、ただひたすら稼ぐためにアルバイトに励んだが、バブル全盛期の頃という事も手伝い、忙しいが滅茶苦茶に楽しいアルバイトだったことは間違いない。
私が契約したのは、株式会社コングレという、通訳やコンパニオンなどの派遣を請け負う会社で、国際科学技術博覧会、通称つくば博などで活躍した、美人コンパニオンたちが沢山採用されていた。しかしそれは客を引き連れて館内ツアーをしてまわる、案内係の人たちだけ。
私たちキップ売りは、夏休みだけのアルバイトだったし、確かに中には綺麗な人もいたが、殆どは私を筆頭に、フツーの女子。
ところが、着させてもらった制服は館内ツアーをするコンパニオンと同じものだったので、制服マジックで顔かたちがぼやけるのか、結構色々なところでちやほやされて、わが青春の短き栄光を満喫させてもらった。
その「ちやほや」の中で一番楽しかったのが、吉本の芸人さんとの触れ合いだ。
開業間もない海遊館は、連日大勢の人が訪れ、待ち時間は3時間、4時間と、恐ろしいものとなっていた。その間、列を成して並ぶ客を退屈させぬよう、吉本興行から大道芸人を含む芸人さんたちが毎日、水族館前の広場に送られ、そこで芸を披露していたのである。
その芸人さんたちを取り仕切っていたのは、色黒で若干長髪の、ちょいと暗めだが冷静な男性で、その名を水上さんと言った。
私たちアルバイト生は、この水上さんを通じて、芸人さんたちと仲良くさせてもらい、彼らと撮った写真を見る度、楽しかった2ヶ月間を思い出す。
テレビを観て懐かしく感じた、『ピアノ・マン』も、その芸人さんたちの中にいた外国人大道芸人が、思い出にとくれたテープ(そう、当時はテープだったのだ)の中に収められていた。
ところで。
少し前に、吉本に所属するお笑いタレントの中田カウスさんと、前田五郎さんが、何やら揉め事を起こし、どちらかがどちらかを訴える・・・という大騒動になっているのを、これまたテレビのワイドショーで見かけた。
「あらら、せっかくの芸歴を無駄にする事件やなぁ・・・」と悲しい気持ちで画面を眺めていると、そこに、よしもとクリエイティブ・エイジェンシーの社長と名乗る、水上晴司さんという方が現れて、事の成り行きを大勢のマスコミ陣に向かって語り出した。
「あれっ?あれっ?これって、あの水上さんやん!!」
当時、私たちアルバイト生と芸人さんたちを仲良くさせてくれた、吉本興業の一社員だった水上さんは、取締役に出世をし、よしもとクリエイティブ・エイジェンシーという会社の社長にまで昇格されているようだ。
20年経った事を、つくづく思い知らされる出来事である。
実家へ戻れば、今は偉いサンとなられた水上さんや、芸人さんと共にピースでもして写っている写真が、押入れの奥に眠っているはずだ。
わが青春の思い出は、何故かベタな大阪芸人と共に、曲は『ピアノ・マン』というアンバランスさが絶妙で、しかも今の私は、当時よりもあの曲の、歌詞に込められた深い意味を理解できる歳になった。
『ピアノ・マン』。切なく物悲しいが、人々のどうしようもない人生を温かい眼差しで描いた、名曲だと思う。
■『PIANO MAN(ピアノ・マン)』の歌詞は、コチラです
└http://kashinavi.com/song_view.html?13455
■『PIANO MAN』(ピアノ・マン)の曲は、コチラです
└http://www.youtube.com/watch?v=xeEcIRMZWk4
2009年10月16日
エッセイ

少し前に、同じ中学・高校で学んだ友達から、共通の知人を介し、メールが届いた。
私は高校3年生の夏から1年間、日本の高校を休学してアメリカのハイスクールで学んだため、同級生と同じ年に卒業していない。帰国した翌年の夏、多くの友人はすでに大学生となり、私には受験が残されていた。
そんな訳で、たった1年離れただけで互いにガラリと生活が変わり、残念ながら疎遠になった沢山の友人がいる。
今、仲良くしている「同い年」と感じている友人の多くは、同じ幼稚園・小学校に通った同じ生まれ年の人々と、大学・職場で知り合った、大概が生まれた年で言えばひとつ下の人々だ。(もちろん、留年組や浪人組、院卒組もいるので、一概には言えないが)
それで、そのメール。
20年以上ぶりに交わす会話の先に浮かぶのは、当然当時のままの面影。頭に浮かぶ友の姿は、セーラー服なんか着ているが、まさか彼女が今、セーラー服を着ているなんて、そっち系の人でなければ考えられない。
「いや~、ほんまに久しぶりやね!元気にしてたん?」
私が問うと、彼女はこう答えた。
「うん。めっちゃ元気やで~。でもな、私ミナックさんのこと、随分前から気づいていてん」
「へっ?」
「実は、あなたが書く文章をだいぶ前に偶然、webで見つけ、”わ~”って思っててん」
凄すぎる・・・。
彼女の説明によると、私が以前、2年間続けた、某・製薬会社からの仕事で綴っていたブログを、ある時偶然見つけ、「もしや、もしや、これはあの、ミナちゃん?(←彼女は、私をこう呼んでいた)」と思いはじめ、ある部分の記事でそれを確信し、そしてその後、たまたま再会した共通の知人を介し、旧知の縁が復活したというワケ。
その話を聞き、私が書く、偉そうで得手勝手な文章を、陰ながら読み続けてもらっていたとは、顔から火をふくほど恥ずかしかった。でもまぁ、それが縁でまた交流が始まったのは、とても嬉しい。
ところで。
最近、私はとある会社からの依頼で、そこの会社が発行する冊子に向けて、エッセイもどき?を書かせて頂いた。出来上がったその冊子が昨日我が家に届けられ、ぺラッとめくってはみたが、これまた恥ずかしくなり、すぐにパタンと閉じた。
私はいつもそうだ。
企業のパンフレットやweb、新聞などに文章が掲載されても、出来上がったものを殆ど読まない。
ここで好き勝手に綴るブログと違い、仕事で書く文章は、提出するまでに校正を何十回、いや、100回に及ぶほどやっている。何度も何度も朱を入れ、もちろん相手方の校正も入れてもらっているので、「間違いない」とは思っているが、万が一何かあっても、もう掲載されてしまえば、訂正はきかない。一応webなら融通はきくが、紙媒体なら不可能だ。
そんな訳で、その間違いを見つけたくない一心で、いつも完成物から目をそむけてしまう。
さらに、本当はもうひとつ理由がある。
このブログもそうだが、文章を書き、それをごく限られた一部とは言え、世間に垂れ流しているというのは、自分の心の中を覗き見されているような感覚に、時々陥る。
「よくまぁ、こんな恥ずかしいことするわ、あんた。アホちゃう?」
自分にそんな事を言いながらやっているこの作業。それでも止められない自分は、よほどの恥知らずか、アホかのどちらかだと、私は確信を持って思う次第だ。
■どうしようか迷いつつ、最近書いたエッセイを読みたい方は、ここから申し込み可能です。
・・・やっぱ、このお知らせ、やめたいなぁ。そのうち削除するかも?(涙)
『Re+』 <アール・イー・プラス> Vol.15
└http://www.anestone.com/stylebook.html
2009年09月23日
ゴルフコンペ

夫がニヤニヤしながら、私に言った。
「来週、仕事仲間とするゴルフコンペの商品選びを、お願いできないかしらん?」
お願いできないかしらんって、それを私に頼むか?と、突っ込みつつ、嫌な予感に襲われる。こういうお願いを引き受けたら最後、結局私は自分で自分の首を絞めることになるのを、わかっている。
そう、私は凝り性なのだ。肩も凝るが、「祭ごと」にはもっと凝る。
文化祭、
体育祭、
バザーに、
フリーマーケット。
誕生会、
忘年会、
歓迎会、
歓送会、
そして、社員旅行。
幹事になると、凝りだして、仕事も放り出す。本末転倒とはこのことだ。
更にニヤニヤしながら彼は横で言う。「ゴルフショップへ行って、値段に応じて箱詰めされている、コンペ用の商品を買えばいいじゃ~ん?」
うっ。
そう出来ないのが、ミズ・幹事の辛いことろだ。(いや、違う。幹事は夫だ)
と、ぼやきつつ、結局、2日かけて店を4つまわり、数時間かけてヘトヘトになるまで歩いて商品選びを終えた。家に帰ればラッピング。挙句の果てには、入賞の札まで作って目をショボつかせている自分を、「やっぱりアホだ」と心の底から思う。
さらに、思い出した。
私、実家の父が行く、ゴルフ旅行のチラシまで作っていなかったっけ? 今頃、当の父はゴキゲンで、グリーンをまわっているところだろう。あるいは、夜の部に開催する「中国語研修」(=麻雀)の準備中か?
結局、結婚しようが、こういう役どころの下に生まれたのね~、私。(涙)
2009年09月11日
loaf or piece ? :②
これらが、おもちゃのパン昨日の続きデス。
アメリカ人の友達(彼女は、ハイスクールへ行っていた時の私の親友)との協議(?)の結果、"loaf of bread" よりも、小さなパンを買う動物たちの姿を見せる方が、日本人の子どもにはピンと来るだろうということになる。
そこで、泣く泣く"bread"(=パンの総称)という単語を使うのを諦めて、"roll"(=テーブルロール)を使うことにした。
犬のパン屋が、"loaf of bread"を、いちいち"sliceof bread” に切り分けたり、"piece of bread"にして売り歩くのも手間だし、"croissant"(=クロワッサン)は素朴さに欠け、日本独特のアンパン(=bean jam bun ?)やメロンパン、もちもちパンなども、グローバルに視点をおくと、マニアックだ。
その分、"roll"(=テーブルロール)ならば、わりと食べる機会や見る機会も多いだろうし、「ロール」という言葉にも馴染みがあって、いいかもしれない。ただし、本当は基本形の「bread=パン」を子どもの頭へインプットできないのが、残念だ。何かいい方法はないものか・・・と、これはまた考えよう。
ひとまず仕上がった話と絵を組み合わせ、さらにせっかく対面で読み聞かせをするのであれば、何か楽しい仕掛けがあった方が、私が子どもなら食いつく・・・と、想像。
そこで、車を飛ばしてショッピングモールまで出かけ、ディスプレイ用のパンを購入した。まぁまぁ、無理やりロールパンの域に入れることも出来そうなパンを模したおもちゃで、これを " one roll" 、" two rolls " 、" three rolls " とやりながら、鞄の中から取り出したら面白そう。
いや~、これをいつか披露した時、聞く者の驚く顔(たぶん)を頭に描くと、思わず「ウッシッシ・・・」とつぶやいてしまう位面白く、もう夜もだいぶふけた仕事部屋で、ひとり黙々と作業をする私。
どう考えても、一番楽しんでいるのは、この私自身ですな。
2009年09月10日
loaf or piece ?

子ども英会話でのレッスン中や、いつか何処かで子どもたちに読み聞かせも出来るだろうと、自分が頭の中で考えていた物語を英作し、紙芝居を作ろうと思い立つ。
その物語とは、犬のパン屋さんが自転車でパンを売り歩く、もう何年も前に友人の子ども(今、彼はすでに小学2年生になる)と一緒に新聞広告の裏を使って絵を描きながら、2人で楽しく想像して編み出した、偶然に生まれたキャラクターを中心とする話だ。
私が考えた英文を、アメリカに住む友人へ送りネイティブチェックをしてもらうと、思わぬところでダメ出しが入る。
現在、その文章はこんな風になっているが、その思わぬところとは、"loaf"という単語。
+++++++++++++++++++
Baker John made too much bread. So, he jumped on his bicycle and sold bread around the neighborhood. He came upon monkey Monka, who bought one loaf of bread.
After riding for five minutes, he met twin pigs, Canary and Mina, who bought two loaves of bread.
A little while later, he bumped into the Dog family, which included father Deffy, mother Clasty, and their son Dabby. They bought three loaves of bread.
・・・・
+++++++++++++++++++
犬のパン屋さんジョンは、自転車で進めば進むほどだんだん多くの隣人たちに出くわし、どんどんパンを売っていくという内容で話は進むのだが、そのパンを友人は、"loaf" と表現し、私が当初書いた"piece" では、アメリカ人にはあまりピンと来ないと言う。
それは、アメリカではパンはたいてい「かたまり」で売られていて、日本のパン屋のように、メロンパンやデニッシュパンをひとつひとつトレイに入れて買うというやり方は、一般的ではないからと言う説明だった。
もちろん、ニューヨークやロスの都会ではそのようなデリケートなパン屋さんもあるかもしれないが、まぁ、一般的には、肉と同様、かたまりで売られているのが普通だろうなぁ・・・と、納得した。
翻訳というのは、こういう文化というか生活スタイルの違いをも理解してその国の人にピンとくる言葉に置き換えないと、文法的には間違っていなくとも、相手に伝わらないかもしれない。
それを考えると、いくら英語を教えるからと言って、日本人の子供に、パンのかたまりを売り歩く・・・と説明しても、普段お母さんと一緒にパン屋へいくと、ソーセージロールやあんパンをひとつひとつトレイに入れる姿を見ている彼らに、ピンとくるかどうかは怪しい。
・・・なんてことを考えさせられるこの作業、何だか自分の興味全てを結集させることが出来て、めっちゃ楽しいんですけれど!(笑)
2009年07月27日
YFU生と出会う

1ヶ月以上続いた、子ども英会話講師レッスン研修は、ひとまず一区切りがついた。
今後は、必要な受講事項があればまた集まって、講義を受けることになっている。
その一区切りがつく最後の日に、私は12名いる受講者のひとりが、「私は元来、とても引っ込み思案な性格だったのですが、高校生の時に体験した交換留学で、活動的な面が開花しました」と言うのを聞いた。
「あれ?私も、高校生の時にね・・・」と話しかけたが、すぐに講義が始まったので、続きを話せずにその日は終了。
皆で無事に研修を終えた事を喜び合い、記念撮影をして、別れた。1ヵ月後にまた全員で会う機会があるが、それまでに、これまで続いた研修で、まるで学生時代の友達のように仲良くなった女性たちと「連絡簿」を作ることになる。その書記役に手を挙げた私は、PCアドレスをうろ覚えな人に自分の名刺を渡し、連絡をくれるようにお願いした。その中に、「高校生で体験した交換留学がきっかけで、活動的な性格が開花した」女性もいた。
その夜、彼女から正確なアドレスを知らせるメールが届いた。
その返信に、「あの、つかぬ事をお伺いしますが、その留学していたプログラムとは、まさか、まさか、YFUではないですよね?」と問うと、すぐにメールが届いた。
「まさにその、YFUで留学をしていました。え~、ミナックさんも、そうだったなんて、すごい偶然!!」
あぁ、世の中はなんて狭いのでしょう。
研修を受講した12名の中に、同じ大学出身者がいて、さらに高校生の時に、YFU(Youth For Understanding)と言う、同じ留学プログラムで渡米経験を持つ人がいるなんて・・・。
彼女も私も、留学から20年以上の時を隔て、当時様々な人から受けた恩恵を、どこかで還元したいと思っていて、それが「子どもへの、英会話レッスン提供」へと結びついたと、その動機も同じ模様。
今でも仲良くしている、その留学プログラムで同じ経験をした友達の中には、自分が結婚で新しく築いた家庭へ、今度は諸外国から高校生の留学生を受け入れて、自分たちが10代の頃受けたボランティアの恩返しをしている者もいる。いわゆる、草の根外交をやり続けているのだ。
あぁ、やっぱり教育とは長きにわたって体内で醸造され、どこかで花開くものなのだわ~と、私は「すぐに結果が出ないのも、教育だ」と、確信を得た。
私が少しでも教えた子どもたちも、異文化の中で生きる人々とコミュニケーションをする手段として英会話を習得し、未来のどこかの地点でそれを使ってもらえたら、こんなに嬉しいことはないな~と、夢は膨らむ。
PS:野田聖子・内閣府特命担当大臣(だっけ?)も、YFU生なのですよ~☆
■YFU(Youth For Understanding)
└http://www.yfu.or.jp/
2009年05月29日
四コマ漫画

今、ものすごく面白い仕事にトライをしている。
それは、四コマ漫画の原作を書くと言うもの。イラストは私が描くのではなく、専門の人が書くキャラクターを使って、ストーリーを四コマで展開させていく。
私なりの案は作り終え、後は提出するだけ。クライアントさんへプレゼンをして、もしも気に入ってもらえれば、筋を書く仕事をすることになる。四コマ漫画好きな私にはもってこいだと思っているから、採用されれば、とても嬉しい。
もしも決まれば、ちゃんとNDA(秘密保持契約)を結ぶので、私はその内容を外部に漏らすことはできない。・・・けれど、わからない程度に書いちゃうかも?(いや、あかん、あかん)
それにしても、世の中には色々なタイプの「書く」仕事があるもんだ。
私自身は、世の害になるものでなければ、どんなタイプのものでも書いていきたいと思っているが、「この人は普段、どういうものを書いているのか?」という目安になるよう、クライアントさんには、このブログアドレスを必ず教えるようにしてある。
と言うことは、私が最近人間ドックへ行ったことも、英会話講師研修説明会に潜入したことも、新婚旅行とは言えないような旅行をしてきたことも全てバレている訳だ。
かつて、「本気で書きたいならば、私生活を切り売りしてでも、書いてみやがれっっっっっ!!」と叫んだ、某・大手広告代理店の鬼プロデューサーの顔が目の前に浮かぶが、何かを書くというのは、本当、自分の身を、鰹節をカンナで削るが如く、うすーくうすーく、削いでいくようなものだ。
私程度でこんなに苦しいのだから、有名作家さんや売れっ子漫画家さんが、時に精神的バランスを崩ずしてしまうのも、無理はないだろう。
・・・
それでも、「書きたい」と思うこの気持ちは、一体どこから来るのだろうか?誰か教えてくだされ。(涙)


