2010年02月08日
マルシェ・ジャポンへ行く


2009年秋から、農林水産省がスタートさせた農産直販支援の取り組みのひとつと言う、「マルシェ・ジャポン」へ行ってみた。
現在、全国10数拠点で開催されているらしいが、名古屋での販売は主に3箇所。
ひとつめが、「もちの木広場」というセントラルパーク内。(私はこれがどこを指すのか、とんとわらない)
ふたつめが、久屋大通公園内の 「久屋広場」。ここは名古屋2年生の私でもわかる。この公園には「さっぽろ雪まつり」で有名なテレビ塔と同じタイプの塔がそびえ立ち、その周囲が札幌同様、公園となっている。さらに、公園を取り囲むようにして百貨店や商業ビルなどが立ち並び、広場はさながら都会のオアシス的役目を担っている。
みっつめが、ノリタケカンパニーの工場やカフェ、店舗などを併設した「ノリタケの森」内であり、私たち夫婦はここで開催されたマルシェへ足を運んでみた。
ところで、社会人になる直前の春休み、私は仲が良かった友と2人でイタリアへ卒業旅行をした。
その時参加したツアーメンバーの中に、ノリタケカンパニーの直系の方がいらっしゃり、今から考えれば、ちっとは仲良くして陶器をお手ごろ価格で横流ししてもらえば良かった。今更悔やんでも、当時まだ23歳の女子に、17年後にまさかそのノリタケ製品発祥の土地に住むとは思わなかったので、先見の明がなかったのは致し方ない。
横道にそれた。
それで、そのマルシェ・ジャポン。
まだお試し期間なのか店舗数はそれほど多くはないが、そこは地方を旅行するとよく見かける朝市のような賑わいだった。
愛知県や岐阜県内で野菜を作っている人、パンを作っている人、菓子を作っている人、能登から海産物を売りに来た人、鯖寿司やさんま寿司のような加工品を売りに来た人などが威勢良く、自分が手がけた商品をせっせと客にアピールし、試食をすすめる。
私たちは昼ごはんをすませてから市へ向かったが、万が一まだだとしても、試食だけで結構腹は満たされたのでは?という程、様々なものをすすめられ、口へ運んでみた。
1往復した後、結局購入したもの。
綺麗な黄緑をした採れたての白菜ひとつ、120円。
弾力があっていかにも美味しそうなトマトひとつ、120円。
アジの開き、3枚で300円。
そして、目新しいものとして目をひいた新感覚サラダ1包み、525円。
これは、富有柿と赤カブをつけたイタリアン風味のサラダというか、漬物というか、まさに新感覚の加工野菜で、商品名は「冬限定新商品・ぎふ自慢」。これがまた、びっくりする程美味しくて、帰宅して早速ネットで検索をしてみた。
岐阜県の可児市にある、有限会社・可児フーズ・ラボという会社が作っている「べじっこ倶楽部」という商品のひとつらしく、私たちが買ったもの以外にも、サーモンと玉ねぎを漬けたもの、サラミとカリフラワーを漬けたものなど、アイデア一杯の品揃え。お姉さんの勧めにより、全部試食させてもらったが、どれを食べてもイケていた。
お役所先導というのがちょっと「どうなの?」という気がしないでもないマルシェ・ジャポンだが、とにかくこの新感覚サラダと出会えたのは、私たちにとってラッキーであったのは間違いない。
ということで、次回もまた行こう。(何やかんや言っても結局行くんやん、あんた。)
■マルシェ・ジャポン
└http://www.marche-japon.org/
■ノリタケの森
└http://www.noritake.co.jp/mori/
■可児フーズ・ラボの、べじっこ倶楽部
└http://vegikko.ocnk.net/
2010年02月05日
刑事コロンボ
駄作:「丘を登るミナックさん」子どもの頃、良く観た外国のテレビ番組と言えば・・・。
『奥様は魔女』、『大草原の小さな家』、そして『刑事コロンボ』。
私は4つ上に兄がいるので、同級生よりは多少早くに大人な番組を観始めたようで、日本のものでも結構古いものをリアルタイムで観ている。
9歳の頃に『岸辺のアルバム』や『阿修羅のごとく』を観て、「家族って、崩壊する時はするんだ~」と思ったものである。でも、「また何かで復活するんだ~」とも知り、その奥深さにうなった。しかし、果たして9歳程度の子どもにそんなもん見せて良かったのか?うちの親。
そうそう、それで話題は外国テレビ。
あの一世を風靡した『刑事コロンボ』が現在、NHKのBS放送で夜な夜な放映されているのをご存知かしらん?
私はこれらを、最近習得した「ビデオ録画技術」(ボタン押すだけやし)を駆使して、極楽気分で見物している。
ピーター・フォーク扮する、中年の冴えないオジサン・コロンボ刑事が、基本的には社会的ステイタスが高い人々の犯罪をどんどん暴いていく姿は痛快で、面白く懐かしい。
60~70年代のドラマなので、当時のアメリカの様子が画面に見られるのも愉快で、「ひゃ~、こんなドデカイ車を作っている習慣がそのまま現代まで残ったから、トヨタ車に駆逐されたのよね~」とか、当時すでに『住まいと職場を一緒にした高層ビル』みたいな構想を立てる建築家の話が出てきたりして、「こういうのが六本木ヒルズの原型なのか・・・」などと、やっぱり日本はこの国の文化に良くも悪くも物凄い影響を受けてきたんだと、実感させられる。
男子たちのネクタイが異常に太いのには閉口するが。(笑)
さらに。
この時代のドラマは台詞がゆっくりで言葉も少なく、場面展開も比較的のんびりしている。
現代ドラマは何もかもが速過ぎて、ヒアリングがちっとも出来ずに落ち込んだりするが、これ位のスピードなら大丈夫と、安心して観られるのも良い。
また、このドラマが田村正和主演の『古畑任三郎』シリーズのアイデアへ繋がったのだという目線で観ると、時々ピーター・フォークと田村正和が重なったりして、これまた別な意味で楽しめる。
と、良いこと尽くしのドラマだが、次回の放送は2月下旬までお預けらしい。ちぇっ。
全話をまとめたDVDが販売されている様なので、空からでも降ってこないかしらん?
今日のイラストは、「二枚のドガの絵」(Suitable for Framing)の巻に出た、ドガの絵など高名なもの以外は価値のないクズだと言い切り、冷酷にもおじを殺害するディル・キングストン演じる美術評論家に、酷評されること間違いなしの駄作、「丘を登るミナックさん」だ。
■刑事コロンボ
└http://www9.nhk.or.jp/kaigai/columbo/
2010年02月04日
バレンタインチョコ
←描いたイメージ
←完成品。全然違うやんっ!!(怒)今年のバレンタイン。
費用削減のため・・・ではなく、溢れんばかりの愛情表現のひとつとして、夫へ手作りチョコを進呈しようかと考えた。
「ダメダメダメ、ミナックさん。手作りのチョコって、下手したらそれが原因で愛を失う」とお思いの皆さん、わかってる、わかってるってぇ~。
手製チョコは、本当に基から作ると粘土に近い物質が出来上がり、例え既製品を溶かして型に入れてみても、どうもどこかダサくて、固まったチョコの表面にうっすら付いた指紋なんかを見つけた日にゃぁ、食欲減退だ。
そんな失敗は、10代の頃すでに経験済みな私は、賢くなっている。
そこでチャレンジしたのが、カップケーキ。しかもバレンタイン仕様☆
個人的見解ながらワタクシ、日本には間もなくカップケーキ旋風が起こると踏んでいる。
高校留学時にお世話になった家庭の、2歳年下の妹の友達、Carrie(キャリー)ちゃんが始めた、カップケーキ包装紙のビジネス。彼女のブログを日々読みながら、「うーむ。こういう流れが間もなく日本にもやって来るな」と、心の中で思っている。
そこで、流行をいち早く取り入れるため、チョコレートカップケーキでも作り、わが夫へ贈ろうと考えて、ひとまず試作品を作ってみた。
しかしこの菓子作り、かなり性格が出ると私は思う。菓子ほど、分量や製作の工程に正確さを求められるものはないような気がするし、私はどうも料理には(にも?)アバウトだ。
「えっ?小麦粉はふるいにかけなくていいの?もうやってしまったよ~」
「えっ?卵は常温に戻しておく?そんなん知らんかったし。いいや、冷蔵庫から取り出したものを直接使おう」
「うーん。何か入れよう。そうそう、クルミとドライフルーツなんかいいんじゃない?」
「あっ。ベーキングパウダーは5gと書かれてあるのに、6g入れてしまった。ま、いっか」
そんな感じで作ったものが、いかにまずそうに見え、自分がいかに料理に才能のない無能主婦かをまざまざと見せつけられたような気がする。
・・・
やっぱり凡人にとり、チョコは買うものであって、作るものではないことを教えられた、立春だ。
■「Bella Cupcake Couture」のオーナー、Carrieちゃんのブログ
└http://bellacupcakecouture.blogspot.com/
■「Bella Cupcake Couture」のWEBサイト
└http://www.bellacupcakecouture.com/
2010年02月03日
結石、途中経過

昨日、結石の第2回検診があった。
人体の断層像を撮影するCT検査とやらをするのである。
金具のついたものを全て取らないといけないため、検査服に着替えて、巨大ドーナツのような機械の前にあるベッドに仰向けで寝転んだ。
その巨大ドーナツ、かたわらには、ドカーンと、「SIEMENS(英語読みはシーメンス、ドイツ語読みではジーメンス)」とブランド名がついている。
「あぁ、競合他社として、ここの製品をせっせと調査し、比較表なぞを作ったものよのぉ・・・」なんて、会社員時代の記憶をたどっていたら、ウィーンという音と共にベッドが前に動き出した。
ベッドが巨大ドーナツの輪の中に入った時、隣の部屋にいる技師さんの声がスピーカーを通じて聞こえた。
「は~い、大きく息をすって、ハイッ、止めるっ!!!」
私はふぐのようにお腹を膨らませ、顔を真っ赤かにして息を止めた。
一旦ドーナツの輪を通り越して向こう岸までたどり着いたベッドが、手間に戻ってくる。ドーナツの上部にはレーザーがあるようだが、「直視すると目をやられますので、お気をつけください」みたいなラベルが貼ってるので、薄目をあけたまま(おいおい、それでもあんたは見るのかい)その光線の下を通り過ぎた。
これで、体の断層写真が撮れるとは、人間の知能ってすばらしいわね・・・と、妙なところに感心しつつ、元の服に着替えて診察室の前で順番を待った。
ちなみにこのCT。それはコンピュータ断層撮影(Computed Tomography)の略らしい。さらに"Tomography"とは、「断層X線撮影放射線」を意味するようなので、つまりそのように撮影したものを、コンピュータを用いて処理したものを指すのだと、理解した。
そして、私の名前が呼ばれる。
人気沸騰中(誰の間で?)のビーグル先生は、その撮ったばかりのCT写真を、マウスを使って(だって、パソコンのデスクトップ画面に、私の体の断層写真が映っているのである。きゃー、いや~ん!)探っていく。
しかし、前回レントゲン写真を撮った時に確認された位置に同じ形の石らしきものが見当たらないと言うではないか。わずかにある影は、どうも形が違うし、それを石だとは断定できないらしい。
「レントゲンの先生にも判断を仰ぎますが、何か違いますねぇ・・・」先生はつぶやく。
私は、垂れ下がっていたひげを徐々に張りつつ、こう言った。
「先生、アタシ薬もきっちり飲み、それよりもニャによりも、毎日めちゃくちゃジャンプしました」
ビーグル氏は可笑しそうに笑い、「じゃぁ、流れていったのか、もしくは少しずつ流れていっているのか、そんな感じかもしれませんね。ワオォ~」
いよいよ私のひげは、ピンと張る。
「やっぱり?やっぱり?何か、日曜日あたりから腰の痛みも消え、ニャニャニャニャんで?と、思っていたんですよぉ」
老猫の勢いにやや怖気づいたビーグル君、私の言葉をパソコンに打ち込みながら、「ジョギングも効果的という報告があります。ワフッ」と告げた。
ニャに~?ジョギング?と、私は自分の苦手分野に話が及んだので、何故かそれにはコメントをせず、意気揚々とバッグとコートをつかんだ。
「では、2週間分の薬をまた出しておきますので、引き続き様子をみましょう。クーンクーン」
「ニャッ」
私は、先週とはうってかわって元気になり、張ったひげを手で撫でつけながら、ビーグル氏へお辞儀をして診察室を後にした。
「(あーん。良かったよぉぉぉぉ~。涙)」
廊下に出るや否や、私は心の中で叫んだ。
・・・
そんなこんなで、今のところ手術はしなくてよい見通しが立ちつつある。
健康とは、ほんとに素晴らしい。キラッ☆
さて。
しつこいようだが、くれぐれも女子のみなさん、働きすぎにはご注意くだされ。もちろん男子も働きすぎは良くないが、女子にとってオフィスの何が悪いかというと、あの環境だと、私は思う。
夏はエアコンで寒く、冬は冬で顔ばかりがほてって、足元は妙に冷える。そういう蓄積が、私のように体を蝕んでいくことを頭の片隅に入れておき、今日の残業はほどほどに。
2010年02月02日
我が家の北欧

私、スウェーデン出身の陶芸家、リサ・ラーソンの大ファンだ。
初めてこの人の作品を見たのは、大阪にあるgrafという、家具、食、雑貨など暮らし全般を提案する場所で開かれた展示会でのこと。
一目ぼれというか、もうそこに展示してあった作品全部を欲しいと思った。
それから少し時間が経った後、彼女の代表作である「ライオン」を買い、一匹では可哀想だろうと「プードル」も付けた。
それを、独り暮らしをしていた部屋に飾っていたら、友人が遊びに来て「げげげっ!」と、すっとん狂な声をあげた。
どうやら、随分前に彼女のお父さんが仕事でヨーロッパだか北欧だかその辺りを訪れた時、私の部屋にあるものと同じタイプの「ライオン」を購入して帰国したらしいが、家族には大変不評なんだったそうだ。
確かに、姿形はかなりデフォルメされていて、はにわと同じで、「うーん」と感じる人は感じると思う。
ところが、「これ、リサ・ラーソンという素晴らしい女性の作品で、ナントカカントカ、ナントカカントカ・・・」と力説すると、友は実家へ戻った時にそれを両親に話した。
すると彼女のお母さんは「えっ!!そんな著名人の作品だったの?」と、トイレでくらいしか飾られなかった「ライオン」をピアノの上に昇格させたらしい。
さらにお父さんは、「だから言っただろっ!!お父さんがどれだけ言っても信じてくれなかったのに、君たちはミナックさんの言葉で、何でそんなに態度を豹変させるのかっ!!」と、号泣していたそうだ。
笑える。
そんなリサの作品。
名古屋に住み始めて、あと3匹増えた。
「ネコ」と、
「スパニエル」と、
「ブルドッグ」。
今日のイラストは、その「ブルドッグ」を私流に解釈して描いてみたのん。本物を見たい方は、下記WEB以外にも色々あるから探してみてね☆
■LISA LARSON
└http://www.lisalarson.jp/
■graf
└http://www.graf-d3.com/
2010年02月01日
塩こん部長

名古屋在住の大阪人から、株式会社くらこんの、塩こんぶをもらった。
「ひゃっ!なにこれ?」
そう訝しげに包みを見る私に、「えっ?知らないのですか?大阪を代表するメーカーですよ」と、彼女の目は嬉しそうにイヒヒ状態になっている。
私たち、名古屋に来て知り合った訳ではなく、元々職場で出会った仲である。関西での住まいや仕事、行動範囲もそれほど違いわないはずなのに、やっぱり世間はまだまだ広い。知らないものがこの世には沢山あるのだと実感した。
「キャベツを電子レンジで2分程度チンして柔らかくした後、とろけるチーズとこの塩こんぶを載せてさらにチンすれば、一品出来上がり~。お酒のつまみに最適ですよ」
教えてもらったレシピに従い作ってみると、確かにイケル。かなりイケル。
ふーむと唸った後、私がもらった商品「減塩 塩こんぶ "化学調味料無添加”~塩こん部長は成功した!! 塩分40%カット(当社塩こんぶ比)」を探すべく、その会社のホームページをのぞいてみた。
すると、そこは「遊んでいる」もしくは「ふざけている」としか思えないような内容が盛りだくさんで、笑いが止まらない。
いや~、やっぱりこういう遊び心を持ちつつ真剣に仕事をするのが、成功の秘訣ですなぁ・・・と、頷きながら商品の入手場所をチェックすると、イトーヨーカ堂、イオン、ダイエー、ユニーなど結構沢山ある。
今度、是非ともスーパーでチェックしよう。
ちなみに。
サイト内にある、「昆辞典」には、今をときめく「昆活(コンカツ)」なぞが載っていて、これもまた笑けるわん。
■株式会社 くらこん
└http://www.kurakon.jp/index.html
■塩こん部長専用サイト
└http://shiokombu.com/
2010年01月30日
犬のパン屋の、続きの続き

冊子やカタログを作る時、裏ページの表側を「表4」(ひょうよん)と呼ぶ。
ちなみに、表1は表表紙で、表2は表1を開いた裏側。さらに、表4の内側は表3。
会社員時代は、製品カタログやマニュアル、さらには広報誌制作を担当していたので、こういう印刷用語というか、業界用語というか、そういうものには詳しかった。
しかし、このブログを書く前、一瞬「はて?裏表紙とは、表2だったけか?表4だったっけか?」などと、一瞬首をひねった自分を省みると、不必要な記憶はどんどん闇の彼方へ葬られると思われる。(涙)
そんな、わが老化現象の話はもういいか。
とにかく、最近ずっと取り組んでいる「犬のパン屋物語」の「表4」が先日完成し、友人にやっと綴じた絵本を、カレーきしめん付きで送る事が出来た。
「へっへ~ん。やればアタシも、まだできるじゃん」
ホッとしてダラダラとあぐらをかいていたら、私はハタと気付いた。
な、な、なんと。
1ロールのパンを買うサル、2ロールのパンを買うブタ・・・と続いていく動物たちの過程で、8ロールを買うはずのハチが、何故か9匹もいるのだ。
絶句したまま何度も数えてみたが、どのハチから数えても9匹いる。
ガ~ンッ ガ~ンッ ガ~ンッ
そんな失敗、あり得ない。
何で私は、数くらい数えられないのか?と、頭を思い切り殴りつけた後、友の携帯に宛ててメールした。
「大変申し訳ございませんが、どうやらハチが9匹います。差し替え分を追ってお送りいたしますので、少々お待ちください」
東京出張からの新幹線の中ででもこのメールを受け取ったのだろう。よくわからぬ私の説明に、仕事疲れで友の頭もおかしくなっていのたか?「承知いたしました」と、神妙な返信が。
あぁ、この差し替え作業。仕事じゃなくて、本当に良かったよ。これが会社の仕事で何万部も刷った後のカタログとかなら、始末書ものだ。
それにしても、何故順番に描いていたはずの動物の数を、間違えたのだろう。
現在読んでいる、フロイトさんの『精神分析入門』によれば、これは明らかに「錯誤行為」であり、私の無意識の本音では、「とっとと、この作業を終えてしまいたいもんだ」と感じ、「早く、早く」と思いすぎて、8匹であるはずのハチを、9匹描いてしまったに違いない。
結局、対処方法として、フォトショップ及びイラストレーター上で画像を操作し、ハチ1匹は幕の外へ飛んでいってもらった。
しかし、これがまたおかしなもんで、無事に8匹で収まった絵を印刷しようとしたら、紙のストックが切れている。
物事がスルスルと流れない時は、こんなもんだと諦めて、わが友も気長に私からの封書を待たれたし。
■『How many rolls will you buy ?』 : written and illustrated by minak
└http://aream2.buzzlog.jp/e136883.html
↑すでに、ハチの数は修正済み。
2010年01月29日
クールぎつね対策

そう言えば。
謎の腰痛を解明するために訪れた病院で、懐かしの産婦人科の先生を見かけた。
その病院では、産婦人科と泌尿器科が隣り合わせになっている。
残念ながら昨年秋に流産手術をしたのを皮切りに、その同じ総合病院で、冬にはカテーテル・アブレーション手術をして、さらに初春には最悪、結石手術までするかもしれない。
もう、病院の内部構造も覚えたし、売店の閉店時間だって知っている。会計の支払方法も迷わないし、駐車券と診察券を同時に入れると、駐車料金がタダになることだって理解した。ただし、診察をしてもらった時だけだけど。
すでに殆ど達観の境地に入っているので、本人はあまり心配していない。慣れとは怖いものである。
そうそうそれで、その産婦人科の先生。この方をお得意の動物で例えると、真面目で頭のよいクールぎつねといった感じで、冷静に仕事を遂行する一方で、こちらが変なことを言うとクスクス笑ってくれるのが、カワユイ。
あぁ、クールぎつねに対して「カワユイ」などと感じるとは、まるでヨン様を崇拝するオバサンではないか・・・と、自分の老いを実感する。
そのクールぎつね。
私が泌尿器科の診察室前で座っていると、白衣をさっそうと身にまとい、早足で歩いてきた。
「あっ」
と思った瞬間、私は寝たふりをした。きつねに対する、老猫の狸寝入りである。
別に何も悪いことをした訳ではない。
ただ、クール君へは術後検診の時に、「次回、私がまた妊娠した時は、絶対ここに戻って来ますから、その折にはどうぞ宜しくお願いいたします・・・」と、格好良く言い放って来たのだ。
アブレーション手術をするのは、元々出産を目的にしたその流れで先生も判っているので、問題ない。しかも、循環器科は産婦人科と階も違うし、だいぶ離れている。もしかすると循環器の先生から、私が無事に手術を終えて退院したという情報も入っているかもしれない。
それなのに、それからまだ1ヶ月も経たぬ間にその私が、今度は泌尿器科の前に座っているなんて、ダメダメダメ!
再会は感動的でなければ、私の美学に反する。(どんな美学やねん?)
そんな訳で、クールぎつね君がコンコンと廊下を渡っていく間、私は思い切り影を薄くして、彼をやり過ごした。
はぁ。次回の結石検診の時は、マスクとサングラスでもつけて行こうかしらん。
でもま、あれである。先生とは日々、何百人もの患者さんを相手にする職業だ。いちいちこちらの顔など覚えていないだろうから、サングラスだけでいっか。
いやいや、そんな患者、かえって目立つし、もっとアカンやん!
2010年01月28日
LE KLINT(レ・クリント)の灯り
←メロンちゃいまっせ我が家の西隣に位置する家が、昨年の秋、売りに出されていた。
「わ~、これお隣さんだ」
ポストに入ったチラシを眺めながらそう思っていたら、あっという間に売れたようで、12月始めごろからリフォーム会社や大工さん風の人々が出入りをし、つい10日ほど前に拍手が聞こえたと思ったら、それはそのリフォームが完成して、関係者全員で酌み交わす酒(いや、ソフトドリンクかな?)の掛け声のようだった。
と思っていたら、新しい家主が越してきたようで、夜でも灯りがともっているのを見かけるようになり、「寂しかったボクの庭にバラが咲いた」ような気分になった。
さて、ここでその西隣の家と我が家の様子を書けないのは残念だが、私たちは単に構造上の関係で、挨拶を出来る状態ではない。よっぽど偶然に目を合わす機会があるとか、声をかけるとかでない限り、互いにそこには「結界」があるかのように振舞うのが大人の関係で、そうせざるを得ないような建ち方をしている。
でも、私はどうしてもその西隣の家が気になるのだ。
それは、お隣さんが引っ越してくる前日かその日の夜に、偶然目にしたその家の灯りにある。
夕方薄暗くなってから、ガラス越しに見えた隣人宅の照明は、デンマーク生まれの、LE KLINT(レ・クリント)のものだった。
それを目にするや、私の好奇心は一気にヒートアップし、「どんな内装になっているのだろう?あの灯りに似合うインテリアはカーペット敷きなので、床全部がイメージ的にはアイボリーのカーペットだな」などと、ひとりでブツブツつぶやいた。
床が全てカーペット敷きになっている家に対する憧れは、社会人になった頃、学生時代に仲良くしていた先輩の親戚の家(!!)へ遊びに行かせて頂いた時に始まる。
吉祥寺にあったその高級マンションはメゾネットになっていて、玄関を上がると全ての床がカーペットで覆われていた。
経験者ならわかると思うが、あのカーペットというやつ、全く持って掃除が大変である。埃は見えにくいし、何かこぼすとシミになり、お手伝いさんが家にいるような家庭か、余程綺麗好きな人でないと、とてもじゃないが扱い切れないと思う。
ところがその扱いにくさと反して、足に優しいホクホク感は、フローリング床では味わえない快適さがある。
そんな訳で、先輩の親戚宅は私にとって、いまだ「夢の城」であり、ずっと憧れ続けている家でもあるのだ。
で。
その西隣の家が、どうもそのような内装にしているような気がしてならなく、もう覗いてみたくてウズウズする。
夕方になると、ボワッと浮かび上がるLE KLINT(レ・クリント)の美しいフォルムをチラリチラリと偶然のふりして眺めつつ、いつか挨拶が出来る幸運はないかと、てぐすね引いて待っている次第だ。
あぁ、私ってどうしてこんなに「家」へ興味がわくのかしらん。
■LE KLINT(レ・クリント)
└http://www.leklint.dk/pre/frontsite.aspx
2010年01月27日
jump and sew

謎の腰痛疑惑が解明できたのはいいが、予定がかなり狂った。
今週は、料理教室、エステ、友人宅への訪問、そして我が家をリノベーションしてくれた会社が最近手がけたドーナツ屋さんが開店するのに先駆けた、プレ・オープンパーティーに誘ってもらっていたが、それらを全てキャンセルした。
この中でも、ドーナツ屋さんのプレ・オープンパーティは随分前から楽しみにしていて、先日はその店舗の前を通ると、リノベーション会社の社長や社員さんが打ち合わせをしていたので、手を振って挨拶し、ますます期待感が募っていただけに、本当に残念だ。
でも、どれかひとつだけに出るという中途半端なことをすれば、体もきっと中途半端な治り方しかしないだろうと、泣く泣くオールキャンセルを。
そんな訳で、私は家の中で出来る事に勤しんでいる訳だが、これはこれで楽しい。
元来、絵を描いたりものを書いたり、読書したりするのが好きな性格だということは、ひとりでゴソゴソやるのは全く苦痛ではなく、むしろそれに没頭しすぎて他人とのコミュニケーションがおろそかになりがちな位なのだ。
今日から私が熱中していること。
それは、前々から「やろうやろう」と思っていた、古着を使ったお裁縫。
夫が社会人になった頃に購入し、もうさすがに着られなくなったパーカーを眺めていたら、それをハサミでジョキジョキ切って、ランチョンマットにすることを思いついた。
端っこは糸でかがり、それもアクセントにする。いや~、やっぱり元・手芸部(小学生の頃に入っていたクラブだけど)だけあって、こういうチマチマしたことが、私はホント好きなのだ。ほとんどオタクである。
さらに、病院でもらった薬をきっちり飲み、水分もしっかりとり、例のジャンプも忘れない。今日はもう、400回くらいジャンプした。人が見たら、絶対笑える光景だと思う。
鬼のように働ける性分だ。病気を治すために、真面目にそれへ取り組めるのも、たぶん私の長所だと信じて、今日はあと200回はジャンプして、そして縫い物を続けよう。
jump, jump, jump !!
and
sew, sew, sew !!
2010年01月26日
謎の腰痛、その後日談

先日、謎の腰痛が起こった話を書いた。
すると、そこへ泌尿器科の先生が、「腎結石のせん痛発作の疑いがあるから、早く病院へ行くのがベター」と、コメントを入れて下さった。(コチラです)
「え~っ、え~っ!もう、しばらく病院はヤダ」と、駄々っ子のようにひとりでヤダヤダをしたが、やはりどうにも痛い。
しかも、実はこの痛みは今に始まった訳でもなく、もう1年以上、時々痛んでいたのを、「もうっ。私ってば、運動不足?」などと、自分を騙し騙しやり過ごしてきた。新婚旅行中も、フランスの景色を眺めながら「綺麗なのはいいけど、それにしても、いって~な」等と思っていたのだ。シクシク。
生理が始まる前に痛まるような気もして、子宮系の不具合かもしれないと、それを知るのも怖かった。
そして、そのブログで頂いた泌尿器科の先生のアドバイスに従い、向かった病院。
レントゲン写真を撮った後、担当された先生はあっさり言った。
「あ、ありますね、石。4つありますよ」
「えっ!!よ、よ、よっつ?」絶句したまま私は裏側から光線に照らされ、おどろおどろしく浮かぶ写真を眺めた。
ビーグル犬のような先生の説明によると、右側の尿管に大きな石が1つと、腎臓に小ぶりなものが2つ。左側の腎臓にも、小ぶりなものが1つあるらしい。
「痛かったでしょ?」
「はい、痛かったですぅぅぅっ」私は、ピンと張ったひげを下げた老猫のように、すごすごと若いビーグル犬の問いに頷いた。
「大きなものが、右尿管結石で、それ以外が両腎結石だワン」
「ニャァ・・・~」
「今後の見通しとして、1.自然排石。それが無理なら、2.ESWLと言って、衝撃波で破砕するっていう手法ね。それから3.内視鏡的治療もありますワン」
「ニャァですか・・・」
「2.と3.になった場合は、入院をしてもらうことになるのだワン」
「ニャニャニャニャんと?入院ですニャッ?」
「ウ~、ワンッ」
「え~。ヤダヤダヤダニャ~。アタシ、昨年からもう2回も入院していて、こんりんざい、病院からは足を洗ったばかりなのですニャッ!!シャーッ!!」(←猫が敵と遭遇した時に出す声)
駄々をこねる私にビーグル先生は、次回は、エックス線を用いて人体の断層像を撮影するCT検査というものをして、石の詳細を調べると言う。それまでに、流れたらいいのにねぇ・・・と、とにかく水を沢山飲むこと、そしてピョンピョンジャンプするのが、効果的という報告も一応あると教えてくれた。
え~。ウサギじゃあるまいし、ジャンプなんかできるかいっ!と思ったが、ちょうど子ども英会話で「ウサギになりましょう。jump jump jump !! 」みたいなレッスンがあるのを思い出し、あれしかないな・・・と、思い立つ。
はぁ。一難去ってまた一難だが、ブログに腰痛事件を書いたお陰で、大事に至る前に病院へ行けて本当に良かった。
Kムラ先生、この場を使い、心から御礼申し上げます。誠にありがとうございました。私の馬鹿げた文章から、「危険信号」を察知頂き、お見事です。さすがプロでございますっ!!私が千葉に住んでいたら、絶対Kムラ先生さまの病院で診て頂くと思うのですが、あまりに恥ずかしいので、名古屋で良かったとも思う次第。
しかし、「アルパカ」「らくだ」「ビーグル犬」など、私に動物呼ばわりされるのも迷惑でしょうから、そういう意味でも、私が千葉に住んでいなくて本当に良かった。(涙)
さて、みなさん。(浜村純風に)
やはり、女性の体は女性として出来ているはずですわなぁ。30代で鬼のように働いたツケが、私には今頃出ていると思われ(第一、結石患者の9割近くが男性やっちゅう話やでぇ)、「覆水盆に返らず」と言うか、「後悔先に立たず」と言うか、そんな感じですわ。
特に出産前の女子に告ぐ。働きすぎにご注意くださいよ、ほんと。
2010年01月25日
エースを狙うな!

家族社会学者の山田昌弘さんと、少子化ジャーナリスト(!)の白河桃子さんの共著、『「婚活」時代』を貸していた叔父から手紙が届いた。叔父は、私の婚活仲間でもあり、私自身のコンカツ魂を揺り起こしてくれた人でもあるが、その叔父が私に礼を言っている。
「大変良い本を貸してくれて、どうもありがとう。今、娘さんのお見合いを頼まれている人へ、この本を是非読むようにと連絡した」らしい。
「本を読んだ上で、娘さん自身が本気で結婚しようと思うなら一生懸命相手を探すし、とにかく方向性を家族で一度考えてみて下さい」というような趣旨を伝えたようだ。
政治に携わる仕事をしてきた叔父の心に、この本が突き刺さったのが、私は嬉しい。
「コンカツ、コンカツ」と、大変軽く扱われる「婚活」だが、この現象は社会学の範疇に入っているわけで、日本の根幹が揺らいでいる象徴として、人々の非婚化が進んでいると認識したようだ。
本を読んだ人なら、「ひえ~」と理解した部分が多いと思うが、私の一番印象に残ったのは、以下の内容。
いわく、「バブル崩壊くらいまで、人々が『恋愛結婚した』と思っている結婚は、殆どが社会が作り出した集団見合い結婚である」というもの。
つまり、この時代くらいまでの恋愛は、殆どが「職場での出会い」であるということだ。
同じ会社に勤めているということは、相手の学歴、年収、出身地までがわかり、それは昔でいう「見合い結婚」と何ら変わりないという説明で、それを人々が恋愛結婚だと思い込んでいただけで、本当の意味での恋愛から結婚へ至った人というのは、実は意外と少数なのだと書かれてあった。
もちろん知人からの紹介も、「見合い結婚」の範疇だ。
ところが、男女雇用均等法の導入あたりから、リアルな恋愛結婚市場に放り出された男女はどうしたら良いのかわからず、多くの独身男女を生み出しているという説明に、私は首を大きく縦に振った。
私自身は勤めていた会社に「総合職」というカテゴリーで入社したが、同期総合職女性でさえ、この「集団見合い」的手法で結婚し、会社を去った人は半数以上いる。これでも私たちの時代は、一般職・総合職に関わらず女性の社員が入社できたから、こういうことがまだかろうじて起きていたが、今後はわからない。
何せ、一般職・総合職というカテゴリーがなくなったのを機に、女性そのものが会社に入らなくなってきたのだ。欠員が出れば、たいがい「派遣社員」という手段で、人員をまかないつつある。
これでは、これからの若い男性にとり、会社で女性と出会える確率は低い。
派遣社員というのは、一旦どこかの企業で働いていた人がなっているケースが多く、新入社員の男性とは年齢に10歳近く開きがある。
私が実際目にした、「派遣社員」と「社員男性」の結婚は、何百人といた社員の中でも、たった1~2ケース程度。それくらい、まずは年齢でマッチしない。
「ああ、本当に、世の中は凄い勢いで変化しているんだけどなぁ・・・」と、私は内心ハラハラしているが、これを言い過ぎるとおせっかいになるし、でも、本当に人々が考えるほど状況は楽観視できるものでもないよ、と言いたいが、そのバランスがなかなか難しい。
しかし!私が心の底から信じている希望もある。
状況は結構厳しいが、でも実は、本人さえ本気で取り組めば、これまた意外と相手も見つかるということで、嘘のような本当のような不思議な真理でもあると、思う。
そのキーワード、それは「エースを狙う」というよりは、とにかく「球を追う」ということだ。つまり、それが「婚活」である。
コンカツ中の人、ほんとガンバロなっ。
2010年01月21日
朝5時、瓦屋根の上で。

実家の母と電話で話す時、私は必ず「花ちゃん、どぅしてんの?」と、聞く。
すると、たいがいが「目の前の椅子に座っている」か、「石油ファンヒーターの上に座っている」か、「キャビネットの上に座っている」かのどれかで、「懸命に働いている」なんてことは絶対にない。
「全く、いつもいつも座ってばかりで、働かんやつやな~」
これ、自分のことを言っているのではない。花さまのことを言っているのだ。
それで、私は、その目の前に座っているらしい花さまに向かって、「は~なちゃん、は~なちゃん」と呼びかける。
すると、その声を聞きつけた花は、電話のにおいを嗅ぎ始めるらしく、それを想像すると笑える。
そうよねぇ。
まさか私が何百キロも離れた場所にいるなんて想像も出来ないだろうから、「電話の中に、入っているのかニャ?」と、思うのは当たり前だろう。
ひとしきり「は~なちゃん」とやった後、電話を切ると妙に寂しくなって、大阪へ戻りたくなる。まったく、猫1匹の存在が何と言う吸引力を持っているのだろうかと思いつつ、そういう時はストックしてある写真を眺めて、一息つく。
すると、屋根の上を嬉しそうにソロリソロリと歩く花を撮影した写真にいきついた。
これは、私が結婚する年の夏、帰省した兄夫婦と両親と5人で伊勢神宮へ行く、朝5時ごろに撮影したものだ。猛暑の中、伊勢くんだりまで行って、またそこで散々歩いた、「これは苦行か?」という旅だったが、行っておいて本当に良かった。
きっと、この写真と共に何年経っても、朝独特の澄んだ空気の中、嬉しそうにしっぽを伸ばして歩く花を撮影した自分と、あの日の気持ちを思い出すんだろうな。
あ、間違えた。
思い出すんだろうニャ。
2010年01月20日
答志島

我が家の本棚にある、三島由紀夫・著の『潮騒』をめくると、こんな風に始まっている。
「歌島は人口1400、周囲一里に充たない小島である。」
その後、島の中でもっとも美しい場所のひとつという、八代神社からの眺めはこう表現されてある。
「ここからは、島がその湾口に位いしている伊勢海の周辺が隈なく見える。北には知多半島が迫り、東から北へ渥美半島が延びている。西には宇治山田から津の四日市にいたる海岸線が隠見している。」
巻末の解説によると、三島氏が「歌島」と表現している島は、伊勢湾入り口にある「神島」のことで、昭和28年に2度、彼はここを訪れて小説の下地取材をしたと思われると、書かれてあった。
昭和28年というと、今から一体何年前?今、彼の小説の舞台となった神島の人口はどれ位なのかしらん?と、興味がわく。
ところでこの神島は、伊勢湾口にある四つの有人島のうちのひとつで、大きい順に答志島、菅島、坂手島、そして神島と言うらしい。
ふむ~、これらの島々へ是非行ってみたい。
さらにこの希望、私の場合はもうひとつの目的をもって、実現してみたい旅でもある。
・・・というのも、その一番大きな島である、答志島(とうしじま)に、幼なじみが住んでいるんだわ、これが。
その友に、会いに行きたい~☆
彼女は私と同じ幼稚園、小学校、中学校を共に過ごし、小学生の頃は一緒に子ども会のソフトボール部に入り、まぐれでたま~にヒットを飛ばす私と違い、いつも安定した打率を維持するとても運動神経に優れた人だったのん。
そんな彼女が結婚して答志島へ行き、島の宣伝のためにも身を削り(笑)、しょっちゅうメディアに登場するのも、凄くよくわかる。信頼できるし、考え方は子どもの頃から正しかったし、そうそう、私たちの学校は「特別養護学級」があったけれど、そこに属する同級生の面倒をとても良く見ていた。
大人でもなかなか出来ないことを子どもの頃からやり続けていたんだもん、そりゃぁ凄い大人になる訳だわ。
って、もういい?
その友が近々、今度は中京テレビの番組に登場するらしいので、東海地区の方は是非見てね。さらに放映後はwebで動画が見られるようなので、このブログを読んでくれている幼なじみの、Cちゃん、Aちゃん、Sちゃん、Sくん(またの名を、A兵)!必見ですぜ、これは。(笑)
それが誰かは、放映後のお楽しみという事で・・・。
ウッヒッヒ。
■『あなたに逢いたくて・・・』(中京テレビ)
└http://www.ctv.co.jp/anata/
■答志島旅館組合HP
└http://www.ymd7.com/trk.htm
2010年01月20日
博多へ行くなら新幹線

先週、夫の友達夫婦と会食した。
彼らも最近結婚したアラフォー夫婦なので、互いに共通する点も多く、「やっぱ人間、最後はハートよね。ハート」などと、老人めいた4人の会話は続き、延々と焼き鳥を食べ、くだを巻き続けた。
その時、たまたま博多の話になり、私の頭の中で「博多」という言葉が鳴り響いていた時に思い出したCMがある。
関西にいた時にはもちろん観たこともないものが、ここ名古屋では沢山流れているが、このCMは一度聞いたらしつこく耳に残り、どうもいけない。
つい先日も、散歩をしていたら口をついて出たのがこのCMのリズムで、どこの広告代理店が作ったのかはわからないが、意図どおりに私ははまり続けている。
「博多へ行くなら新幹線、パッパッパ~」
歩いている間中、ずっとこれを口ずさんでいたのだから、相当だ。
さらに、新幹線がらみでもうひとつ気付いたことがある。
今は昔、山下達郎さんのクリスマスソングで一世を風靡した、牧瀬里穂さん出演のCM。
大阪にいる頃、私はあれを「東京駅」で撮影したのだと、思い込んでいた。先週、神奈川から遊びに来た叔母に聞くと、彼女は「新大阪駅」で撮影したのだと思っていたらしい。
ところがあれ、実は名古屋駅での撮影だったことに、ここへ住み始め、駅をよ~く見るうち気付いた。
「へっ。では、あのCMの中で流れていたストーリーは、東京(もしくは大阪)と名古屋で遠距離恋愛するカップルの物語だったわけ?」と、拍子抜けした。
いやいや、東京や大阪とは限らず、もしかすると静岡と名古屋間の恋愛、もしくは米原と名古屋間の恋愛かもしれず、とにかく牧瀬さんは、名古屋在住という設定だったのね・・・と、びっくらした。
とういうことはあれかな?彼女は彼と会った第一声で、こう言ったのかな?
「しばらくぶりだがね~」(←私が習得した名古屋弁)
違う土地に住むと色々な発見があり、本当退屈しない。
■「博多へ行くなら新幹線:観光編」CM
└http://www.youtube.com/watch?v=0EvC7XD-wck
■「博多へ行くなら新幹線:出張編」CM
└http://www.youtube.com/watch?v=8O4PGW8joGY&NR=1
■「クリスマスエクスプレス」CM(牧瀬さん分は2番目に流れます)
└http://www.youtube.com/watch?v=ZGu7SGxNWyo
2010年01月19日
How many sushi will you take ?

「美人は3日で飽きる」とは、「いくら美味しいものでも、そればかり食べ続けると飽きてしまう」という、たとえ話でありまして・・・。
パン好きな私でも、来る日も来る日もパンばかりを描いていると、いい加減嫌になる。
出来上がりは1枚だけだが、そこに至るまでには何枚も何枚も同じものを描き続け、「これはっ」と、自分なりに納得した線が出せたと思ったら、色塗りに失敗をしたり、つまみ食いした干し柿のカスをつけてしまったりと、なかなかどうして、完成品を仕上げるのには、神経労力共にかなり使い果たす。
そんな時は一時、作業から離れて「ラクチン~」と思えることをするに限りますな。
そこで私が考えた、『犬のパン屋物語』のパロディー。
題してそれは!『猫の寿司屋物語』でございます。
寿司職人の、花次郎は、来る日も来る日も失敗作の寿司を握り続ける。
「ええいっ。また今回も失敗だ。こんな寿司、いくらでもくれてやるっ」とばかりに、どんどん集まるご近所さんたちへ、寿司を振る舞い続けます。
「このシャリは、ゆるすぎる」
「このハマチは活きが悪くて、いけねぇ」
「このタイの色艶の悪いこと。こんなもん、魚じゃねぇ」
花次郎は、自分のお眼鏡にかなう究極の寿司を求めて、握るそばから失敗作をサルやイヌ、ブタやウシへ与え続けます。
ところがやっと、「おお、これだ、これだ。アッシが求めていたヒラメとシャリはっ!!!」と、完璧な寿司を握れたため、周囲の皆に声をかけようと店の外を見渡すと・・・。
そこには、花次郎が握る失敗作を何百個も食べ続け、これ以上はもう、米粒1つも入らぬほどの腹を抱え、グーグー眠る動物たちが、そこらじゅうに横たわっていたのであった。
で、「あんたなら、寿司何個いる?」っていうお話です。
チャンチャン。
あ~、スッキリした。
【注】握りの場合、正確には、ひとつを"a piece of sushi" と言うのでしょうかね?ま、いっか。
2010年01月18日
犬のパン屋の、その続き

土曜の夜、私は突如として謎の腰痛に見舞われ、七転八倒した。
「これは、腸ねん転か?胆石か?」と腰を押えつつ思ったが、どうも様子が違う。
「それでは、盲腸か?ヘルニアか?」と考えたが、それも違うような気がする。
とにかく、右腰のある一点だけが、異常に痛いのだ。
熱を計ると、38度近くある。平熱が低い方なので、これはかなりしんどい。
「う~う~う~」
と悶える私を見て、夫は初め、あきれていた。
そりゃそうだ。少し前までゴキゲンで湯豆腐なんかを食べ、ゴクゴクと梅チューハイなぞを呑んでいたのに、その5分後には「腰がっ腰がっ」と騒いでいるのである。
「これは、俺にマッサージをさせ、揉み医者代を浮かせるための、策略だな」とでも思ったのだろうか。どうも、とり合ってくれない。
「風呂に入れ、早く寝ろ」
彼はそう言って、私を風呂場へ押しやった。
しかし、事態はさらにひどくなり、風呂から上がった後の私はほぼ死人状態で、腰をかがめたばーさんのような姿勢で、這いつくばって2階の寝室へとなだれ込んだ。
ところが、その後痛みはさらに激化していき、とうとう私は唸り声を上げ始めた。
大げさなんかではない。本当に唸り声を上げたのだ。
慌てて2階にやってきた夫はたまりかね、「薬を買いに行こうか」と言ってくれたが、生憎時間は22時を回ろうとしている。
仕方がないので、常備してあった風邪薬をひとまず飲む事にした。
風邪薬にも、確か鎮痛効果があるはずだという判断だったが、私の唸り声に恐れおののいた夫は、それでも一応近所のドラッグストアまで脱兎のごとく駆けて行ってくれた。しかし残念ながら、やはり店は閉まっていたようで、寒さのためボロキレのような姿で帰って来た。
ボロキレと化した夫が戻ってきた頃、私の痛みは幸運にも風邪薬で緩和し、その後は泥のような睡眠をむさぼって、翌日、平熱に下がった体で朝を迎えた。
結局、何が原因だったのか全くわからない。
ただひとつ考えられるのは、先週から私は、「犬のパン屋」のことばかりを考え、犬がこぐ自転車を眺めながら、気持ちは彼と同時に自転車を走らせていた。何回も何十回も何百回も。
きっと、これが原因に違いない。
私の腰は、自転車の乗りすぎによる、腰痛だ。それしか、考えられない。(ほんとか?)
そして今日、私は表紙を仕上げ、着々と友へ送る準備を続けている。
それにしても気の毒なのは、小雪舞う夜中に薬を買いに外へ飛び出した夫である。
きっと彼は今頃後悔しているだろう、「気が狂ったヤツと結婚してしまった」と。
結婚式で、私の兄が言った台詞が本当だったと、現在彼はヒシヒシと実感しているだろうと考え、本当にすまないことをしたと思っている。
しかし、一方で。
間もなく犬のパン屋は、無事、開業できるだろう。
2010年01月18日
一字違いの、山本さん

私の旧姓は、「山本美奈子」と言うが、会社員時代に、この名前と一字だけ違う人と知り合った。
彼女は「山本美◎子」さんと言い、◎の部分だけが微妙に違うのが笑える。
忘れもしない、お台場での展示会。
私はその時、動物のイラストを描く人を探していて、その展示会場で「これはっ!」と、キラリと光る絵を展示するブースに行き着いた。
すると、どこかからス~ッと現れた女性が名刺を差し出しながら、「お気に召しました?」と、そのイラストを指差して言った。どうやらその絵を描く人をプロデュースされているようだ。
それで私も慌てて名刺を取り出し、互いの名前を知り、ビックリギョーテン。
「いや~、こんなこともあるもんですね」
その後、一字違いの山本さんとの仕事は金額でも契約内容でも何も揉めることなくスルスルと決まり、そしてその女性は、私が会社を辞めてからも行き来を続けて下さり、やりとりし合う仲はもうかれこれ6年を超えただろうか。
この間、東京のド真ん中に住むその方の家へ遊びに行き、彼女は私の大阪の家に泊まった。そう言えば、代々木上原にある隠れ家的レストランや、新宿歌舞伎町にある秋田料理の店へ連れて行ってもらったこともあり、こちらは京都の料亭へお連れして、高瀬川を眺めながら京料理に舌鼓をうったなんてことも。そうそう、挙句の果てには一緒に沖縄を旅して、沖縄料理をたらふく食べた。
食に走る、独身アラフォーの遊び方は凄いのである。(笑)
そして。
その女性が近々、仕事で名古屋を訪れると連絡があった。
う、うれしい。
東京と大阪では何度も会っているが、名古屋で会うのは初めてで、しかも「最近、連絡がないけれど、お元気にされているかしらん?」と、少々気になっていたところだったので、嬉しさもひとしおだ。
私の希望としては。
また一字違いになるために、この方には是非とも私と同じ苗字の方と出会って結婚してもらえれば嬉しいのだが、そんな都合良くいくわけないか。
ということで、「山本」つながりなだけに、せめて名古屋名物「山本屋総本家」で、味噌煮込みうどんでも食べようかと思っている。
約束した日が待ち遠しいわん。
■山本屋総本家
└http://yamamotoya.co.jp/day/index.html
2010年01月13日
また、犬のパン屋やでぇ~

叔母バカを自認する友人からメールがあった。
「あんた(=友はおすぎとピーコ風に、私をこう呼ぶ)のブログから、犬のパン屋の話を上手くダウンロードして、超・ラブリーな姪に絵本を贈るわぁ」
彼女の姪っ子ちゃんはまだ2歳?いや、3歳か?
友の妹さんは高校生の時に、私と同じプログラムでアメリカに留学していたので、お母さん自身が元々英語教育にとても興味をもたれている。
家には、叔母バカの友が送った英語グッズも結構あると言う。(笑)
「それなら、ブログからダウンロードしてもレイアウトが上手くいかないだろうから、こちらで原本をプリントアウトして、ちゃんと綴じて送らせて頂きますわん。ついでに、カレーきしめんつけて」
先日からこの友は、ブログ上に「カレーきしめん」の記事を見つけ、微妙に送って欲しそうなメールを寄こす。仕方がない。彼女は、自称・キレンジャー(=カレーマニア)でもあるのだ。大阪にいた頃は、この友に引っ張られ、どれだけカレーを食べに行っただろう。
と、言うことで。
犬のパン屋さんの絵本の中で、まだ私が気になっていた箇所。それはズバリ!、犬が自転車で運んでいる荷台に積まれたパンが、「(テーブル)ロール」というよりは「食パン」や「フランスパン風」であることだった。
きっと、子どもはこういう細かな点に気付き、「どうして?」と言うに違いない。
(話がわからない方は、本当に頭がおかしくなるので、お忘れ下さい)
そこで、私は家事の合間をぬって描き直した。ちょっと読もうと思っていた本を我慢して本日のスケジュールを入れ替え、さらに出来上がったイラストを動画にした。
動画にする時、新たなイタズラを思いついた結果が、上記のイラストである。もっとコマ送りスピードを落としたいが、今まで使っていたソフトとは違うため、不慣れでちょっとまだやり方がわからない。
でも、パンが落っこちていくの、カワユイでしょ~?うっはっは。
さて、こんなことをしている場合ではない。
とっとと夕食作りに取り掛かろう。
■『How many rolls will you buy ?』 : written and illustrated by minak
└http://aream2.buzzlog.jp/e136883.html
2010年01月13日
JALとダライラマ14世

JALのニュースが連日伝えられる。
「あぁ、どうなるんだろう??」これは、単なる野次馬としての気持ちではなく、自分自身の心配でもある。
JAL株を持っているわけでもない。
親戚がJALの社員だというわけでもない。
ただ知り合いに、JALでパイロットをしている人がいるので、それは心配だ。彼の一家は果たしてどうなるの?採用が決まった時は、人も羨む就職先だったのに、今や心配される立場である。しかし人生は、「人間万事塞翁が馬」なので、きっと今は大変に思えることも、そのうち「あの時、一旦ズタボロになって良かったよ~」という日が来るよう、社員一丸となって戦って欲しい。
いやいや、私の真の心配はこれでもない。
実はこの私、14年半勤めた会社を辞める時、退職金を企業年金連合会へそっくり預けた。
「えっ????!!!あなたの歳で、それはあり得ないでしょう」
退職直前に、人事部との話し合いの後、仕事場へ戻りその内容を周囲の人々へ告げると、もうすぐ定年を迎える同じ部署の人が言った。
「だって、あなたまだ38歳でしょ?預けたお金を毎年チョロチョロと受け取り可能になるのは、65歳からだから、あと27年もあるし、第一あと27年生きられる保証があるのかい???」
この方、もうすぐ定年とあって、退職金運用の話はものすごく詳しかった。もともと、開発を担当されていたエンジニアなので数字にもめっぽう強く、彼の元には同じく定年を迎える男子たちが代わる代わる相談に訪れていた位だ。
私が企業年金連合会に預けた退職金は(と言っても、10年ちょっと勤めた位では、すずめの涙程度である)65歳から支給が始まり、満期は80歳到達までである。少なくとも80歳までは這ってでも生きなくては、死んでも死にきれない。
「何でそんなことしたの~?」
退職金運用エキスパート男子は私に問うた。
「えっと、手元に現金を持つとろくなことにはならないし、私には資産運用能力などないから、プロに任せておいた方がいいかと思い・・・」
私はしどろもどろで答えたが、彼は「このアホが」という顔して笑っていた。
ちなみに私のこの決断は、父の意見に従ったものである。今すぐ必要なお金ではないなら、「預けておけ」と、猫の花さまにヒラメを与えながら彼はそう言った。
確かに、退職した当時に確約された年間支給額より、今は5,710円多くなっている。これは、連合会の人々の運用が成功した結果だが、反対に何かあって失敗すれば、目減りすることを意味する。
で、ここに私はJALの退職者に対し、興味半分ではなくて本気で同情する理由があるのだ。
私だって、退職金を預けている身。いつ何時同じ憂き目に合ってもおかしくない。
「あぁ~。最初は、私ほんとに80歳まで生きているのか?と心配していたけれど、今ではほんとに退職金受け取れるのか?と、心配している。これも全て、父がヒラメをひらひらさせながら、花と戯れていた時に出された判断を尊重したからだ」
私は泣きそうになりながら、テレビをつけた。
すると、チベット仏教の最高峰、ダライラマ14世が語りだした。
「今のこういう世界経済状況で、そのことばかりを必要以上に心配しているのは、お金のことばかりを考え、何よりもお金を一番上位に考えている者たちだと思います。家族、友達、そういう人々との交流や対話による幸せを人生の上位にあげている人は、それほど心配していないと思いますよ」
おお~、ダライラマ14世さま、そうよね?そうよね?私が間違っていた。
JALの関係者も、私自身も、いざとなればその辺の山でログハウスを建て、一緒に自給自足の生活を送ろうではないか~。住宅ローンの支払いに苦しみ、挙句の果てには家族がバラバラになってしまう結果を呼ぶくらいなら、自分たちで作った野菜を食べ、夜な夜な宴会に興ずる方がどんだけ幸せか~。お金は使うものであって、使われるものではない。お金に自分の人生をコントロールされてたまるかいっ!
・・・
しかし、ダライラマ14世さま(ヒソヒソ)、やっぱりせっかく14年半勤めた会社から本来頂けるはずだった退職金なの(スリスリ)。すずめの涙程度とは言え(ゴロゴロ)、何とか天の神様に采配いただける様、お願いね(クネクネ)。ウフフフフ☆
(「やっぱり、わかってないのか~。チクショ~」←ダライラマの声)


